日本におけるモーテル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 23:38 UTC 版)
戦後のモータリゼーションの発展とともにマイカーが普及し、日本にも個々の客室ごとに車庫を備えたワンルーム・ワンガレージ式の宿泊施設が作られるようになった。客室ごとに一棟となったコテージ式もあったが、基本的には1階の駐車場に車を止め、2階の客室へ直通する方式が主流だった。このような自動車利用が可能な「連れ込み宿」を指してモーテルと呼ばれることが多かった。海外のモーテルとの大きな違いは、自動会計機や目隠しのついた小窓などで会計するなど、入室から退室まで従業員や他人と一切顔を合わせることが無い点にある。 日本においてアメリカ式のモーテルに類似した形態のホテルを展開するチェーンとして、ファミリーロッジ旅籠屋が存在する。また幹線道路沿いに駐車場を備えたビジネスホテルが建てられていることもある。 日本のモーテルの元祖には、1957年に初めて熱海にモーター・ホテルが開業したという説や、同時期に名古屋に開業した「カーホテル」が存在していたという説、警視庁の『昭和四十八年警察白書』にある昭和34年に箱根に開業した「モーテル・箱根」など諸説ある。完全なワンルーム・ワンガレージ式のモーテルは石川県加賀市郊外に1963年に開業した「モテル北陸」と言われる。モテル北陸は設計段階からアメリカのモーテルを意識して作られ、家族やグループ用の大部屋やレストランも備えていた。モテル北陸は観光客の利用を想定して作られたが、実際の客層はカップルが大半だったことから、カップル客に照準を定めた日本独特のモーテル「モテル京浜」が1968年に横浜に作られた。以後日本全国に同様のホテルが急増することになる。 1969年に警察庁から「モーテルの実態と問題点」という報告書が提出され、顔を見られずに利用できる営業方法が売春や凶悪犯罪に利用されやすい構造として問題視されるようになった。1972年には風俗営業等取締法の改正により、モーテル営業に規制が加えられ、条例に反する地域でのモーテル営業はできなくなった。地域住民の反対のある地域から姿を消していくことになる。しかし、法律上モーテルに該当しない「類似モーテル」が出現し、ラブホテルとの区別は曖昧であった。 近年では、このような意味のモーテルという用法は廃れたが、現在でもタウンページ(業種別電話帳)では「モーテル・ラブホテル」で一つの業種とされるなど、一部に名残がみられる。なお、ラブホテル運営企業の業界団体である「(一社)日本レジャーホテル協会」 は、2015年5月までは「(一社)日本自動車旅行ホテル協会」という名称であった。
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