教会の描写
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 04:55 UTC 版)
ヤン・ファン・エイクの初期の作品に描かれている教会や聖堂は、ロマネスク様式の建物として描かれていることが多く、『旧約聖書』に書かれているエルサレム神殿を模した構成となっていることがある。しかしながら『教会の聖母子』の教会は当時最新のゴシック様式で描かれている。これはおそらくマリアと「戦う教会と教会の栄光」(en:Church militant and church triumphant) とを関連付けることを意図しており、マリアの姿勢と非常に大きく描かれた身体は、ビザンチン美術や国際ゴシックの絵画作品からの影響を受けている。北方ヨーロッパの絵画作品における建築学的に正確な建物描写は、ヤン・ファン・エイクが初めてもたらしたものだった。 ヤン・ファン・エイクはこの作品で教会内部を非常に精密に描いており、当時最新のゴシック様式の建物が正確に描写されている。このため、ヤン・ファン・エイクが様式の微妙な差異を描き分けることができるだけの建築学に関する豊富な知識を有していたと考える美術史家や建築史家も多い。細部にわたって詳細かつ正確に描きこまれているために、ヤン・ファン・エイクがモデルとした教会ないし聖堂が分かるのではないかと考える学者も存在する。しかしながら他のヤン・ファン・エイクの作品と同じく、『教会の聖母子』の教会も想像の産物であり、おそらくはヤン・ファン・エイクが理想とする建物として描かれている。この教会に直接のモデルが存在しないことは、当時の教会にはありえないものが多数描かれていることから判断できる。 『教会の聖母子』の教会描写で、ヤン・ファン・エイクが実在の建物をモデルとしなかったことについて研究している美術史家もいる。主流となっている説は、ヤン・ファン・エイク自身が理想とする教会を描き、マリアの幻影の現出にふさわしい場所を用意したというもので、写実的な効果よりも美学的な効果を狙っているとする。この作品に描かれている教会には直接のモデルとなっている建物は存在しないと考えられているが、トンゲレンの聖母大聖堂や、聖ニコラース教会 (en:Saint Nicholas' Church, Ghent)、サン=ドニ大聖堂、ディジョン大聖堂 (en:Dijon Cathedral)、リエージュ大聖堂 (en:Liège Cathedral)、ケルン大聖堂が間接的ないし部分的なモデルとなっている可能性も指摘されている。トンゲレンの聖母大聖堂には『教会の聖母子』に描かれているのとよく似たトリフォリウムやクリアストーリーが存在している。教会や聖堂の数が少ないトンゲレンは北東から南西へと延びる細長い地域である。よって『教会の聖母子』に描かれている陽光をトンゲレンで求めるならば、夏の午前中ということになる。トンゲレンの聖母大聖堂は奇跡認定されたことがある聖母子立像でも有名だが、この立像はヤン・ファン・エイクの死後に制作されたものである。 美術史家オットー・ペヒトは、『教会の聖母子』に「インテリア幻想」と呼ばれる錯視効果が見られるとしている。この作品を鑑賞する者の視線は身廊と交差廊へ向かい、「内陣仕切りと聖歌隊席へと伸びて」いく。ペヒトの説では、この作品では意図的に遠近法が歪められており、「建物を構成するパーツの関連性は明らかになっているとはいえない。後景と前景の遷り変わりが、柱を覆い隠すように描かれた聖母マリアによって巧妙に隠蔽されている。(後景と前景をつなぐ)中景はほとんど除去されており、我々の視線は無意識のうちに錯綜してしまう」としている。この錯視効果は陽光の彩色度合いでさらに強められている。詳細に描かれた室内は薄暗く陰の部分が多いにもかかわらず、見えない屋外には豊かな光があふれていると思わせる表現がなされている。
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