悪魔化
悪魔化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/05 06:44 UTC 版)
「ベネディクト・アーノルド」の記事における「悪魔化」の解説
アメリカ合衆国の独立に対するアーノルドの貢献は大衆文化の中でほとんど過少に評価されており、その名前は19世紀に「裏切り」と同義語になった。その裏切りが公になった直後にアーノルドの悪魔化が始まった。聖書にある主題がしばしば想起され、ベンジャミン・フランクリンは「ユダは只一人の男を売ったが、アーノルドは300万人を売った」と記し、アレクサンダー・スカメルはアーノルドの行動を「地獄の様に黒い」と表現した。 初期の伝記作者はアーノルドの全生涯を不誠実で道徳的に問題のある行動で描こうとした。アーノルドに関する最初で主要な伝記は1832年にジャレド・スパークスが出版した『ベネディクト・アーノルドの生涯と裏切り』であり、アーノルドの狡賢い性格が子供時代の経験から如何に形成されたとされているかを示して、とくに手厳しい内容になっている。19世紀半ばに一連の道徳的伝記を著したジョージ・カニング・ヒルは、1865年のアーノルドの伝記を「ベネディクト、裏切り者、生まれは...」で始めた。ブライアン・カーソは、19世紀が進行するに連れて、アーノルドが裏切った話は建国物語の一部として神話に近い要素となり、南北戦争に繋がる党派的抗争が増すと再び想起されたと記した。ワシントン・アーヴィングはその1857年の著書『ジョージ・ワシントンの生涯』の中で、連邦の解体にたいする議論の一部に使い、独立に導いたニューイングランドと南部諸州の一体化のみがウェストポイントを守ったことで一部可能になったと指摘した。ジェファーソン・デイヴィスなど南部分離主義指導者達はアーノルドと比較されることを、暗にまた明確に分離の考え方を裏切りに擬えるの好まなかった。「ハーパーズ・ウィークリー」紙は1861年に、アメリカ連合国の指導者達を「数人の男達がこの巨大な裏切りを指示しており、その側ではベネディクト・アーノルドが聖人のように白く輝いている」と表現する記事を掲載した。 アーノルドの小説上の扱いも強く否定的調子を帯びている。『残酷な少年』と題する道徳的子供向け物語は19世紀に広く回し読みされた。この中では鳥の巣から卵を盗み、昆虫の羽を毟り、またその他気ままな残酷さを見せる少年が、成長して母国を裏切る者になると表現した。この少年の正体は本の最後まで明らかにされず、最後に生まれはコネチカット州のノリッジだとされ、名前はベネディクト・アーノルドと明かされる。しかしアーノルドに関する叙述の全てが強く否定的というわけではない。19世紀の劇作ではアーノルドの二枚舌を探求し、悪魔化するよりも理解しようとしている。 アメリカ独立を扱う小説は時としてアーノルドを登場させている。アーノルドを概して肯定的に扱っている著名なものとしては、ケネス・ロバーツによる連作であり、アーノルドが参戦した多くの方面作戦を網羅している。 『アランデル』(1929年出版) - ケベックの戦いまでの独立戦争 『武器を持った暴徒』(1933年出版) - サラトガの戦いまでの独立戦争 『オリバー・ウィズウェル』(1940年出版) - ロイヤリストの見方からの独立戦争
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「悪魔化」の例文・使い方・用例・文例
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