役者観/仕事に対する姿勢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 02:30 UTC 版)
「田村正和」の記事における「役者観/仕事に対する姿勢」の解説
俳優は白いキャンバスの様であるべきで、特にプライベートなことを知られることはそこに余計な色を付けてしまうことになる、また夢を売る仕事であり、どんな人間を知られ過ぎると俳優としてマイナスになる、夢を見る余地を残すのがファンや番組を見る人たちへのサービスであると語っていた。 1992年当時「最近の芸能界は俳優、タレント、お笑いなどの境界が曖昧だが、俳優はタレントとは他の方法で仕事をするので、俳優には俳優の訓練が必要だ」と自身の写真集のインタビューで語っている、また自身が志していた芸能界と今の芸能界は大きく異なっていて「せっかく俳優という職業にいるのに、俳優以外の色を付けてしまうのは役を演じる上で損であり、自分はそういうやり方が絶対嫌だ」と語っている 自らをテレビに育てられた、テレビ俳優だと語っている。また待ち時間が多い映画の現場よりも、テレビドラマの現場の方が向いていると思うと語っている。 有名劇団で鍛えられてきた俳優達に囲まれて自分の力のなさに気づき、劇団で修行することを考えて千田是也や宇野重吉らに会い、劇団を見学した。しかし、こういう場所は自分の居るところではないと思い、別の所に稽古場を借りて先生に来てもらいいろいろと勉強をした。 ほとんどNGを出さない話は有名であるが、その理由は「同じセリフは2度言いたくない」からというもの。 田村正和の没後、弟・田村亮は「NGを出さないとか台詞は完璧に入っているというのは、役者として当然のこと」と述べつつ、「演技においては完璧主義というのは事実です」とインタビューで語っている。 「田村チェア」と呼ばれる、自前のデッキチェアを常にロケ現場に持参すると言われ現場では本番直前まで一人で椅子に座って色々と考えていることもあり、撮影の合間に共演者とワァワァ楽しく話したりすることは基本的にない。 田村は「自らこういう役がやりたいと要望するのではなく、スタッフにこういう役をやらせたいと言われる役者でいたい」と述べていた。 自らビジネスマンのように毎日決められた場所や時刻にいく仕事よりも、俳優のような自由な仕事の方が自分にはあうと分析していた。 撮影した映像が現場ですぐにチェック出来るシステムになってからは、1シーンごとに自ら映像をチェック、またよりよい作品にするため後半の俳優生活では撮影時間を朝の8時から夜の22時までの厳守としていた。 1979年の『赤穂浪士』撮影時には、京都の撮影で3日間、東京で行われるドラマの撮影に4日間と、数か月間無休で働き続け、余りのハードなスケジュールに「雨で撮影が中止になれば休める、雨が降らないかなー。」と仕事熱心な田村としては珍しくぼやく場面があった。その後はじっくり一つの役に取り組みたい、一つの役に集中したいと、出来るだけ掛け持ちでの出演を避けていた(1990年には『ニューヨーク恋物語II 男と女と』年末時代劇『勝海舟』を掛け持ち。)。
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