影響を否定する調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 07:29 UTC 版)
大規模な多施設臨床研究の結果、予期せぬ妊娠によって引き起こされるうつ病などのメンタルヘルスへの影響は、出産した場合と中絶した場合で差がないことが判っており、中絶がメンタルヘルスに及ぼす影響は否定されている。中絶が精神的負担になるかどうかは、女性の元々の背景(生活環境や社会的支援、中絶に対する思想)に影響される。1990年、アメリカ心理学会 (American Psychological Association; APA) は、中絶によって精神的に重度の悪影響が出ることは非常に稀であることを見出し、普段の日常生活にありふれたストレスに準じた影響であるとした。アメリカ心理学学会は更に2008年に追加調査を実施し、初回の予期せぬ妊娠による中絶はメンタルヘルスへの悪影響が無いことを発表した。これらの質の高い大規模臨床研究 (high-quality studies) で、中絶とメンタルヘルスとの因果関係は一貫して否定されているが、質の悪い研究 (poor-quality studies) では因果関係を認める傾向があることも判っている。2011年12月、イギリスの国立メンタルヘルス共同センター (National Collaborating Centre for Mental Health) も、入手可能なエビデンスと系統的論文より同様に中絶はメンタルヘルスに悪影響を及ぼさない (abortion did not increase the risk of mental-health problems) とした。これらの量の医学的知見があるにも関わらず、プロライフ派の人権擁護団体は「中絶とメンタルヘルス」の因果関係を主張し続けている。度々討論されるこの問題は、もはや医学的問題ではなく、思想に基づいた政治的な論争の問題とされる。プロライフ派の活動家の中には、中絶後にメンタルヘルスに悩む人がいるとして「中絶後症候群」(PAS; post-abortion syndrome) という概念を提唱して広報活動を行ったが、プロライフ派の中だけで使用されているに過ぎず、アメリカ心理学会とアメリカ精神医学会は実際の症候群としてその存在を認めず、ICD-10などにも病名として採用されていない。一部の医師やプロチョイスの活動家は、「中絶後症候群」は、政治的目的のためのプロライフの支持者の戦術であるとしている。1987年、アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンが公衆衛生局長官に指名した、エリザベット・クープ(小児外科医でありプロテスタント福音派中絶反対論者であった)は、中絶の精神衛生へのリスクに関する報告書を発表した。この発表はレーガンの補佐をしていた人物によって計画され、ロー対ウェイド事件の布石のため中絶反対のプロライフ運動を推進する目的だった。クープは乗り気では無かったが、最終的にレーガンの中絶反対政策の為に250以上の報告を議会で発表した。これらの論文は「クープレポート」と呼ばれたが、議会証言に前後してクープ自身が、その研究報告はあまりにも拙劣で、統計的な検討に耐えうる内容ではなかったと述べるなど、様々な問題を含んだ内容でだった。クープは、中絶後にメンタルヘルス障害を発症する女性が実在することは認めたが、中絶がメンタルヘルス障害のリスクを増やすことを証明できなかった。クープは、個々の個人にとっては中絶は大きな問題となる事もあるが、公衆衛生上の統計的観点で見ると、そのリスクは非常に小さいと述べている。議会の委員会は、中絶が精神衛生上有害だったという証拠を提出出来なかったクープを非難し、レーガンの試みは失敗に終わった。クープはレーガンへの手紙の中で、渡されたレポートは中絶のメンタルヘルスへの影響を証明するには不完全なものだったと主張している。イギリスの医学専門誌『British Journal of Obstetrics and Gynaecology』では、女性が中絶後に抱く心境として最も多いものは「解放感(70%)」や「満足感(36%)」であったとしている。
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