廃線後の江戸橋以南とは? わかりやすく解説

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廃線後の江戸橋以南

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 01:47 UTC 版)

伊勢電気鉄道」の記事における「廃線後の江戸橋以南」の解説

近鉄伊勢線#廃線跡」も参照 江戸橋以南区間廃線後近鉄伊勢線バス」として、鉄道ルート沿った近鉄直営バス路線新設されたが、1963年10月15日近鉄系列三重交通路線移管された。 三重交通移管後、津市内、松阪市内の路線整理され廃線跡一部ルートにはバス通じていない。なお、2005年9月30日小野江 - 松阪間の路線バス廃止されたため、一時、津 - 松阪間の旧伊勢線沿線のうち、天白三雲地域振興局バス停以南バスでたどることが不可となったが、2006年12月20日三雲地域振興局バス停以南三雲松阪港コミュニティバスとして復活した。現在、全くバス通じていないのは、松阪駅前 - 早馬瀬口 - 千引神社前間松阪駅前 - 早馬瀬口間は2008年3月31日限り廃止早馬瀬口 - 千引神社前間2019年9月30日限り廃止となっている。 松阪市内の伊勢線敷地には、「近鉄道路」と呼ばれる道路があり、松ヶ崎駅徳和駅では、線路の上高架橋わたっている。徳和以南一部は、戦後有料道路参宮有料道路となったが、その後無料化され国道23号となり、現在は三重県道37号鳥羽松阪線となっている。 津市内の近鉄道路には、岩田川にかかる当時鉄道線鉄橋流用したものが2019年12月24日まで使われていた(岩田川橋梁道路橋としては「津興」)。また旧駅付近側道接続する道路配置ホーム跡、緩やかなカーブなどがかつての鉄道線面影残している。この辺りも「近鉄道路」と呼ばれる新松阪駅跡は三重交通の新松阪バスターミナルとして使われていたが、施設統合バスターミナル廃止されその後バス停廃止された。現在、新松阪駅跡には、デニーズファミリーレストラン)、百五銀行等が建っている。 廃線際し三雲村当時)が近鉄に、山田線伊勢中原 - 松ヶ崎間に米ノ庄駅代替駅を設置することを要望したが、実現していない。また、近鉄山田線東松阪 - 櫛田間の駅間距離は3.5kmあるが、上櫛田駅代替駅に相当する駅は設置されていない鉄道敷設法別表75-3には、津から伊勢市への路線があり、伊勢線(現、伊勢鉄道)の延長として国鉄南伊勢線計画されたこともあった。この箇所1961年条文追加されており、近鉄伊勢線廃止および名古屋線改軌伴って代替路線求めたものと考えられる1962年4月11日衆議院運輸委員会において運輸省鉄道監督局長の岡本悟は、伊勢線合わせて四日市及びその周辺における工業地帯松阪及び伊勢市工業地帯相互に結んで体をなす大工地帯造成助成する」ことが目的で、近鉄最近広軌標準軌)に統一したため、国鉄との貨車授受不可能となり貨物営業廃止したので、「これら一連の工業地帯出入する貨物対す輸送対策として、重要な路線となる」と説明している。

※この「廃線後の江戸橋以南」の解説は、「伊勢電気鉄道」の解説の一部です。
「廃線後の江戸橋以南」を含む「伊勢電気鉄道」の記事については、「伊勢電気鉄道」の概要を参照ください。

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