崇伝とは?

すうでん【崇伝】

[1569〜1633]江戸初期臨済宗の僧。字(あざな)は以心。徳川家康に招かれて駿府(すんぷ)に金地院(こんちいん)を建て、政治外交深くかかわり黒衣の宰相と称された。諡号円照光国師。著「本光国師日記」など。金地院崇伝


崇伝

読み方すうでん

江戸金地院の開祖徳川家康敬愛を受けて諸寺を管理し、公武諸法度をなす。寛永10年(1633)歿、65才。

以心崇伝

(崇伝 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/02 06:02 UTC 版)

以心崇伝(いしん すうでん、永禄12年〈1569年〉- 寛永10年1月20日1633年2月28日〉)は、安土桃山時代から江戸時代臨済宗の僧。字は以心、法名が崇伝で、南禅寺金地院に住したため、金地院崇伝(こんちいん すうでん)とも呼ばれる。本光国師の称は、寛永3年(1626年)に後水尾天皇の師となり授けられたもの。俗姓は一色氏徳川家康のもとで江戸幕府の法律の立案・外交・宗教統制を一手に引き受け、江戸時代の礎を作ったとされる[1]。その権勢から「黒衣の宰相」の異名を取った。


  1. ^ 【戦国こぼれ話】現在は学者受難の時代?戦国時代は重要だった知識人たち!(渡邊大門)”. Yahoo!ニュース (2020年10月5日). 2020年12月22日閲覧。
  2. ^ a b c 泉 2003, p. 489.
  3. ^ 山下昌也『家康の家臣団』〈学研M文庫〉、2011年、248頁。
  4. ^ 川口素生『戦国名軍師列伝』〈PHP文庫〉、2006年、285頁。
  5. ^ 笠谷 2007, pp. 204-215.
  6. ^ 渡邊 2012, pp. 68-82.
  7. ^ 林晃弘「家康と金地院崇伝 最大の政策ブレーンとして、多方面に才能を発揮した黒衣の宰相」『歴史読本』第59巻第12号、2014年。
  8. ^ a b 泉 2003, p. 490.
  9. ^ この「悪」は善悪の悪ではなく、「強い」「猛々しい」というほどの意味合いを持つ。
  10. ^ 大猷院御実紀 巻一六 寛永七年九月
  11. ^ 桜井景雄『続南禅寺史』大本山南禅寺、1954年、83頁。
  12. ^ 大猷院御実紀 巻二十二 寛永十年正月


「以心崇伝」の続きの解説一覧



崇伝と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「崇伝」の関連用語

崇伝のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



崇伝のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
株式会社思文閣株式会社思文閣
Copyright(c)2021 SHIBUNKAKU Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの以心崇伝 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS