千振 (海防艦)とは? わかりやすく解説

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千振 (海防艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/13 17:57 UTC 版)

千振(ちぶり)は[1]、日本海軍の海防艦[2]。艦名は香川県の千振島にちなむ。


  1. ^ これは第310号艦型の価格であり、基本計画番号E20としての価格ではない。
  2. ^ この数字は法令上の定員数であり、特修兵、その他臨時増置された人員を含まない。
  3. ^ タンカー萬栄丸を駆逐艦時雨と海防艦2隻(千振、第十九号海防艦)で護衛しており、グロウラーを撃沈したものの萬栄丸は潜水艦ハードヘッドに撃沈された[12]
  4. ^ 第一海防隊の第十七号海防艦と第十九号海防艦[13]
  5. ^ マル急計画の当初計画での番数。
  6. ^ 1943年(昭和18年)12月22日付(内令第2776号)により海防艦能美が艦艇類別等級別表において淡路の次に御蔵型に記載された[16]。 このため能美が通算で4番艦に[17]、通算5番艦が倉橋[18]になった。 1944年(昭和19年)1月25日付(内令第200号)により海防艦屋代が御蔵型に登載される[19]。これにより屋代が通算6番艦に[20]、千振が通算7番艦になった。
  7. ^ ヒ65船団[26]。陸軍特殊船神州丸、香椎丸(大阪商船、8,407トン)、有馬山丸三井船舶、8,697トン)、辰和丸(辰馬汽船、6,335トン)、特設運送船(給油船)御室山丸(三井船舶、9,204トン)、1TM型戦時標準タンカー瑞鳳丸(飯野海運。5,136トン)、新東邦丸(飯野海運、10,238トン)
  8. ^ 『戦史叢書46巻 海上護衛戦』379頁ではヒ65船団の内訳を、加入船舶12隻、護衛艦(香椎、海鷹、淡路、千振、第19号海防艦、第60号駆潜艇、水雷艇)とする[32]
  9. ^ ギターロは昼前に再度接触して空母海鷹などの姿を確認したが、航空機の哨戒が厳しく確認だけで終わった[43]
  10. ^ 第19号海防艦主計長によれば、19号は台湾高雄に向かったところ神州丸護衛のため基隆へ移動[46]。単独航行中の神州丸に合流し、同船を基隆へ送り届けたと回想している[47]
  11. ^ ヒ66船団[54]。御室山丸、北海丸(大阪商船、8,416トン)、讃岐丸日本郵船、9,246トン)、阿波丸(日本郵船、11,249トン)
  12. ^ 木俣滋郎著『日本海防艦戦史』60頁では、第一海防隊(千振、第17号海防艦、第18号海防艦)と記述する[7]。同著126頁の海防隊編制表では「第1海防隊 19年7月7日 千振、17、19 シンガポールへ」となっている[58]
  13. ^ ヒ69船団[61]。マニラ行き:安芸丸(日本郵船、11,409トン)、浅間丸(日本郵船、16,975トン)、万光丸(日本郵船、4,471トン)、高栄丸(大同海運、6,774トン)、西貢丸(大阪商船、5,350トン)、空母大鷹(航空機輸送)、空母海鷹(航空機輸送)。シンガポール行き:御室山丸、陸軍油槽船音羽山丸(三井船舶、9,204トン)、黒潮丸(東和汽船、10,518トン)、勝鬨丸、君川丸、はりま丸、せりあ丸、天栄丸)。
  14. ^ 空母神鷹は、九七式艦上攻撃機 14機、局地戦闘機雷電 8機と零式艦上戦闘機 5機を搭載、対潜哨戒と航空機輸送を兼務した[62]
  15. ^ ヒ70船団[81]。タンカー(八紘丸、黒潮丸、せりあ丸、御室山丸、音羽山丸)、貨物船(満珠丸、衣笠丸、有馬山丸)
  16. ^ 佐渡はその後ヒ71船団に加入し、マニラ沖合で撃沈された[87]
  17. ^ ヒ73船団[89]。マニラ向け:補給艦伊良湖、讃岐丸、陸軍特殊船吉備津丸(日本郵船、9,574トン)、特設運送船護国丸(大阪商船、10,438トン)、特設運送船香久丸(大阪商船、6,806トン)。シンガポール向け:御室山丸、音羽山丸、富士山丸、大邦丸、あまと丸、黒潮丸、八紘丸、東亜丸、東邦丸。
  18. ^ 木俣滋郎は『潜水艦攻撃(2016)』で「9月1日に、雲鷹の艦攻が潜水艦タニーを損傷させた。」とする[94]
  19. ^ ヒ74船団[95]。はりま丸、特設運送船(給油船)あづさ丸(石原汽船、10,022トン)、御室山丸、音羽山丸、八紘丸。
  20. ^ ヒ77船団。御室山丸、音羽山丸、2TL型戦時標準タンカーありた丸(石原汽船、10,238トン)他輸送船10隻。
  21. ^ #SS-366, USS HAWKBILLpp.38-39 記載時間
  22. ^ #SS-366, USS HAWKBILLpp.40-41 記載時間
  23. ^ #SS-318, USS BAYApp.31-33 記載時間
  24. ^ 聯合艦隊(GF)機密第161535番電(10月16日15時35分)[119] 第一遊撃部隊出撃ノ場合次ノ如ク処理セラルル予定ニ付所要ノ準備ヲ進メ置カレ度 一 嚴島丸、御室山丸、雄鳳丸、萬榮丸ヲ第一遊撃部隊ニ編入ス/二 「すみこう」丸及「ヒ七八」船団加入中ノ護衛艦ハ第一遊撃部隊ノ指揮ヲ受ケ行動セシム/三 海邦丸、「せりあ」丸搭載重油ハ要スレバ随伴用油槽船ニ移載セシム/四 日榮丸、良榮丸及三宅〔海防艦、以下二隻同じ〕、倉橋滿珠(何レモ十五日〇八〇〇楡林馬公回航中)ヲ第一遊撃部隊ニ編入ス
  25. ^ なおシンガポールには雄鳳丸と八紘丸が停泊していた。栗田長官の独断により第4駆逐隊の駆逐艦2隻(満潮野分)がブルネイよりシンガポールに進出、10月18日1000にタンカー2隻(雄鳳丸、八紘丸)を護衛して出港した[121]。この4隻は21日1120ブルネイに到着し、直ちに栗田艦隊への補給を開始した[124]
  26. ^ 栗田艦隊所属の重巡妙高(第五戦隊)は10月24日の対空戦闘で被雷、落伍した[139]。応急修理後、かけつけた駆逐艦長波につきそわれ[134]、25日午前7時40分コロン島に到着した[140]
  27. ^ The Official Chronology of the U.S. Navy in World War IIなどアメリカ側の資料の中には、日邦丸と厳島丸の両方をバーゴールの戦果にしているものもあるが、公式戦果は日邦丸のみである。厳島丸はボルネオ島マルツ湾で修理中、11月1日に空襲を受けて沈没したが[145]、バーゴールと航空機の共同戦果としても扱われていない。
  28. ^ 第五艦隊(司令長官志摩清英中将)、第一水雷戦隊(司令官木村昌福少将)、第二水雷戦隊(司令官早川幹夫少将)や第十戦隊等からの派遣部隊[153][154]
  29. ^ 時雨は第一遊撃部隊第三部隊(西村艦隊)唯一の残存艦で[157]、10月27日夕刻ブルネイに到着していた[158]
  30. ^ 時雨は駆逐艦2隻(卯月夕月)と共に空母隼鷹と重巡利根を船団を組み、内地へ戻っていった。
  31. ^ 航海中の11月20日、第一海防隊に第13号海防艦が編入されたが、この時点では海防艦占守等と共に行動中[166]
  32. ^ 雄鳳丸はミリ在泊中の12月2日に空襲を受け沈没した。
  33. ^ バーゴールに妙高が発射した20cm砲弾が命中[174]、バーゴールは救援にきた僚艦と共にオーストラリアへ帰投した[175]
  34. ^ 潜水艦シーライオンⅡの雷撃により12月21日に給糧艦間宮が沈没[188]、第17号海防艦は救援をおこなってシンガポールにむかった。
  35. ^ 1945年初頭、南西方面所在の第二遊撃部隊は、足柄(第五艦隊旗艦)、第五戦隊(重巡洋艦羽黒、軽巡洋艦大淀[191]第四航空戦隊日向伊勢)、第二水雷戦隊(初霜朝霜)、第三十一戦隊(軽巡五十鈴、松型駆逐艦)、第一海防隊(千振、第17号、第19号)、タンカー日栄丸、特務艦白沙など[192]。他に重巡妙高高雄[191]、駆逐艦天津風などがシンガポールで修理中であった。
  36. ^ 第13号海防艦はヒ87船団を護衛しており、不在[193]
  37. ^ 『下士官たちの太平洋戦争』によれば木曾川丸とされ、1月12日にサンジャックで沈没したとされるが[200]、駒宮真七郎『戦時輸送船団史』にはサンジャックで沈んだ船に木曾川丸という名前の船はなく、そのかわりに神靖丸の記述があるため[202]、神靖丸の間違いと思われる。
  38. ^ サタ05船団の護衛艦艇は[213]、第35号海防艦、第43号海防艦、第31号駆潜艇、第103号哨戒艇第101号掃海艇であった。

脚注

  1. ^ a b #達昭和18年8月(2) pp.45-46〔 達第二百二號 昭和十七年度及昭和十八年度ニ於テ建造ニ着手ノ驅逐艦二隻、海防艦四隻、掃海艇一隻及驅潜艇一隻ニ左ノ通命名ス|昭和十八年八月三十一日 海軍大臣 嶋田繁太郎|株式會社藤永田造船所ニ於テ建造 驅逐艦 秋霜(アキシモ)|浦賀船渠株式會社ニ於テ建造 驅逐艦 清霜(キヨシモ) 海防艦 笠戸(カサド)|日立造船株式會社ニ於テ建造 海防艦 淡路(アハヂ)|日本鋼管株式會社鶴見造船所ニ於テ建造 海防艦 倉橋(クラハシ) 海防艦 千振(チブリ)|株式會社東京石川造船所ニ於テ建造 第三十號掃海艇|株式會社新潟鐵工所ニ於テ建造 第五十八號驅潜艇 〕
  2. ^ 写真日本の軍艦(7)重巡(III) 1990, p. 234a海防艦『占守型・擇捉型・御蔵型・鵜来型』行動年表 ◇千振◇
  3. ^ a b c d 海防艦激闘記 2017, p. 232a千振(ちぶり)
  4. ^ a b 写真日本の軍艦(7)重巡(III) 1990, p. 234b千振年表
  5. ^ 海防艦激闘記 2017, pp. 154a-157船団の身代わりとなった淡路
  6. ^ a b 自昭和19年1月至昭和19年7月 内令(防衛省防衛研究所)/昭和19年7月 p.13」 アジア歴史資料センター Ref.C12070195000 〔 内令第八四〇號 海防隊編制左ノ通定メラル 昭和十九年七月十日 海軍大臣|第一海防隊|千振、第十七號、第十九號| 〕
  7. ^ a b 日本海防艦戦史 1994, pp. 60a-62第1海防隊、編成さる
  8. ^ a b 海防艦激闘記 2017, pp. 157-158海面に浮かぶ雲鷹の遺品
  9. ^ 日本海防艦戦史 1994, pp. 95-96〈フィリピン海戦の海防艦とタンカー〉(十月十八日)
  10. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 154b.
  11. ^ 潜水艦攻撃 2016, pp. 144-146グローラー(米)/1944年11月7~8日〈駆逐艦「時雨」、海防艦「千振」、海防艦19号による〉
  12. ^ 日本海防艦戦史 1994, pp. 114-116第1海防隊の奮戦(昭和十九年十一月)
  13. ^ #S20.01一海護衛日誌(1) p.8〔 (7)千振 第十七号海防艦 第十九号海防艦 被爆沈没 第二遊撃部隊作戰指揮下ニ行動中十二日聖雀在泊中敵機ノ爆撃ヲ受ケ沈没セリ 〕、同部隊戦時日誌 p.15〔 四.任務編成配備 (二)艦隊区分(略)|區分:空欄|隊番号:11|艦舩部隊:第一海防隊(第十三号海防艦、千振(一月十二日沈没)、第十七号海防艦(一月十二日沈没)、第十九号海防艦(一月十二日沈没)| 〕
  14. ^ #S1911第5艦隊日誌(4) p.13〔 (2)第一海防隊ハ日榮丸遭難後「サンジャック」ニ囘航待機中一月十二日朝敵機動部隊艦上機ノ襲撃ヲ受ケ千振 第一七號 第一九號海防艦共ニ沈没ス 〕
  15. ^ #内令昭和18年8月(5) p.15〔 内令第千七百七十八號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス|昭和十八年八月三十一日 海軍大臣 嶋田繁太郎|驅逐艦、一等夕雲型ノ項中「早霜」ノ下ニ「、秋霜、清霜」ヲ加フ/海防艦、占守型ノ項中「干珠」ノ下ニ「、笠戸」ヲ、同御藏型ノ項中「三宅」ノ下ニ「、淡路、倉橋、千振」ヲ加フ/掃海艇、第十九號型ノ項中「第二十九號」ノ下ニ「、第三十號」ヲ加フ/驅潜艇、第十四號型ノ項中「第五十四號」ノ下ニ「、第五十八號」ヲ加フ 〕
  16. ^ #内令昭和18年12月(4) p.24〔 内令第二千七百七十六號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス|昭和十八年十二月二十二日 海軍大臣 嶋田繁太郎/軍艦、航空母艦雲龍型ノ項中「天城」ノ下ニ「、葛城」ヲ加フ/驅逐艦、一等ノ部中末尾ニ左ノ一項ヲ加フ | |松型|/(中略)海防艦、御藏型ノ項中「淡路」ノ下ニ「、能美」ヲ加ヘ同項ノ次ニ左ノ一項ヲ加フ |第一號型|第一號、第三號、第五號、第七號、第九號、第十一號|/|第二號型|第二號、第四號、第六號、第八號、第十號、第十二號、第十四號、第十六號、第十八號、第二十號、第二十二號、第二十四號|(以下略) 〕
  17. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 231a能美(のうみ)
  18. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 232b倉橋(くらはし)
  19. ^ #内令昭和19年1月(5) pp.17-18〔 内令第二百號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス 昭和十九年一月二十五日 海軍大臣 嶋田繁太郎/驅逐艦、一等松型ノ項中「松」ノ下ニ「、竹、梅、桃」ヲ加フ/潜水艦、一等伊十型ノ項中「伊號第十四」ノ下ニ「、伊號第十五」ヲ、同伊三百六十一型ノ項中「伊號三百六十六」ノ下ニ「、伊號三百六十八、伊號三百六十九」ヲ加フ/海防艦、占守型ノ項中「笠戸」ノ下ニ「、日振、鵜来」ヲ、同御藏型ノ項中「倉橋」ノ下ニ「、屋代」ヲ、同第一號型ノ項中「第十一號」ノ下ニ「、第十三號、第十五號、第十七號、第十九號」ヲ加フ/掃海艇、第十九號型ノ項中「第三十三號」ノ下ニ「、第三十四號」ヲ加フ|驅潜艇、第十四號型ノ項中「第六十一號」ノ下ニ「、第六十三號」ヲ加フ 〕
  20. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 232c屋代(やしろ)
  21. ^ 自昭和19年1月.至昭和19年2月 海軍公報(部内限)上巻(防衛省研究所)1月(7) 」 アジア歴史資料センター Ref.C12070458300  海軍公報(部内限)第4599号/昭和19年1月25日(火) p.4〔 ○事務開始(略)千振艤装員事務所ハ一月二十日神奈川縣横濱市鶴見區辯天町十七日本鋼管株式會社鶴見造船所内ニ於テ事務ヲ開始セリ 〕
  22. ^ a b 昭和19年1月31日(発令1月30日)海軍辞令公報(部内限)第1309号 p.20」 アジア歴史資料センター Ref.C13072095500 
  23. ^ 自昭和19年1月至昭和19年7月 内令(防衛省防衛研究所)/昭和19年4月(1) p.13」 アジア歴史資料センター Ref.C12070195000 〔 内令第五百三十號 海防艦 千振 第十三號海防艦 右本籍ヲ横須賀鎭守府ト定メラル/横須賀鎭守府在籍 海防艦 千振 第十三號海防艦 右警備海防艦ト定メラル 昭和十九年四月三日 海軍大臣 嶋田繁太郎 〕
  24. ^ 海軍公報(部内限)2/3 昭和19年度(3月~4月)(防衛省研究所)4月(5) 」 アジア歴史資料センター Ref.C12070466400  海軍公報(部内限)第4661号/昭和19年4月10日 p.14〔 ○事務撤去 海防艦千振艤装員事務所ハ四月三日之ヲ撤去セリ 〕
  25. ^ a b c 昭和19年4月4日(発令4月3日付)海軍辞令公報(部内限)第1406号 p.20」 アジア歴史資料センター Ref.C13072097100 
  26. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 556a〈ヒ65船団〉
  27. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 556b.
  28. ^ a b 戦史叢書46 1971, pp. 321-322特設船団司令部の設置
  29. ^ 日本空母戦史 1977, p. 685ヒ六十五船団
  30. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 231b淡路(あわじ)
  31. ^ ぼんぼん主計長 1978, pp. 48-49.
  32. ^ 戦史叢書46 1971, p. 379a海鷹(旧名あるぜんちな丸)(三)ヒ六五船団
  33. ^ #S1904第1海上護衛隊(2) p.27〔 別表第二 舩団護衛状況(馬來直行航路)昭和十九年五月 第一海上護衛隊司令部 〕
  34. ^ #SS-363, USS GUITARRO pp.11-12, pp.24-25
  35. ^ #海防艦戦記 p.204
  36. ^ a b #駒宮 (1987) p.183
  37. ^ #S1906第1海上護衛隊(1) p.5〔 (ロ)淡路ヒ六五舩団(五月二十九日門司発昭南直航)ヲ護衛航行中六月二日〇二四五北緯二二度東経一二一度四二分ニ於テ敵潜水艦ノ雷撃ヲ受ケ沈没セリ 〕、#S18.11海護総司令部(3) p.32〔 作戰經過経過概要 昭和十九年六月 海上護衛總司令部(6月2日項)海防艦淡路「ヒ六五」船團護衛航行中〇二四五火焼島ノ三二〇度五浬ニ於テ敵潜水艦ノ雷撃ヲ受ケ沈没 〕
  38. ^ #SS-363, USS GUITARRO p.12
  39. ^ #SS-363, USS GUITARRO p.24
  40. ^ 海防艦激闘記 2017, p. 155.
  41. ^ ぼんぼん主計長 1978, p. 55.
  42. ^ #駒宮 (1987) pp.183-184
  43. ^ #SS-363, USS GUITARRO p.13
  44. ^ a b 日本空母戦史 1977, p. 686.
  45. ^ a b 海防艦激闘記 2017, p. 156.
  46. ^ ぼんぼん主計長 1978, pp. 56-57.
  47. ^ ぼんぼん主計長 1978, pp. 58-59.
  48. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 557.
  49. ^ #S1811海護総司令部(3) p.32〔 四(略)「ヒ六五」船團部隊(香椎第七護衛船團司令官旗艦)〇六〇〇高雄着二〇〇〇在營沖發昭南ニ向フ 〕、#S1906第1海上護衛隊(1) p.18-20〔 (四)麾下艦船部隊ノ行動(其ノ二) 〕
  50. ^ ぼんぼん主計長 1978, pp. 62-63.
  51. ^ #SS-253, USS GUNNELp.132,143
  52. ^ a b #Blairp.631
  53. ^ #S1811海護総司令部(3) p.34〔 一一(略)ヒ六五船團部隊一三五〇昭南着 〕
  54. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 558a〈ヒ66船団〉
  55. ^ #S1811海護総司令部(3) p.36〔 一七(略)ヒ六六船團(旗艦香椎 海鷹 千振 海防艦七及十一號)部隊〇四〇〇昭南發 〕
  56. ^ 戦史叢書46 1971, p. 379b海鷹(四)ヒ六六船団
  57. ^ #S1906第1海上護衛隊(1) p.34〔 別表第二 舩団護衛状況(馬來直行航路)昭和十九年六月 第一海上護衛隊司令部 〕
  58. ^ 日本海防艦戦史 1994, p. 126.
  59. ^ 昭和19年7月14日(発令7月10日付)海軍辞令公報甲(部内限)第1535号 p.1」 アジア歴史資料センター Ref.C13072124800 
  60. ^ 日本海防艦戦史 1994, p. 60b.
  61. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 551a〈ヒ69船団〉
  62. ^ 日本空母戦史 1977, pp. 689-692第一航空艦隊への飛行機輸送(七月)
  63. ^ 戦史叢書46 1971, pp. 380a-381神鷹(旧獨商船シャルンホルスト号)(一)ヒ六九船団
  64. ^ #S1811海護総司令部(3) p.53〔 一三(略)「ヒ六九」船團(第五護衛船團《旗艦》香椎 神鷹其他)一六〇〇 六連發 大鷹海鷹輸送任務ヲ帯ビ「マニラ」迄右船團ト同行 〕
  65. ^ 戦史叢書46 1971, p. 380b.
  66. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 552.
  67. ^ #SS-276, USS SAWFISH p.187
  68. ^ #SS-276, USS SAWFISH p.187, pp.211-214
  69. ^ #駒宮 (1987) p.211
  70. ^ #海防艦戦記p.455
  71. ^ 戦史叢書46 1971, p. 381b.
  72. ^ #S1906第1海上護衛隊(2) p.28〔 別表第二 舩団護衛状況(馬來直行航路)昭和十九年七月 第一海上護衛隊司令部 〕
  73. ^ #S1811海護総司令部(3) p.55〔 二〇(略)「ヒ六九」船團二一〇〇「マニラ」着/「ヒ六八」船團一三〇〇「マニラ」着 〕
  74. ^ 日本空母戦史 1977, p. 691.
  75. ^ a b 日本空母戦史 1977, p. 692.
  76. ^ #S1811海護総司令部(3) p.56〔 二五(略)「ヒ六九」船團部隊昭南ニ向ケ〇五三〇「マニラ」發 〕
  77. ^ #S1811海護総司令部(3) p.57〔 三一(略)「ヒ六九」船團部隊昭南着 〕
  78. ^ #S1907十六戦隊日誌(1) p.53〔 二日一一四六GKF参謀長|二日一四五五香椎(16S司令官 1KEg)第五船団護衛司令官|北上應急修理完成近日「マニラ」発佐世保ニ同航ノ予定ノ所常用シ得ル速力一五節以下ナルヲ以テ適當ナル船団ニ續行セシメ度 今ノ處ヒ七〇(香椎)船団ヲ最適当ト認メラルルニ就テ貴団ノ都合竝ニ行動予定至急知ラサレ度 〕
  79. ^ #S1907十六戦隊日誌(1) p.55〔 二日一八三五 五護衛船団司令官|二日二〇〇〇GKF長官 16S 1KEg各司令官|五日午前昭南発佛印東岸台湾海峡ヲ経テ門司直航速力十一節予定 航路(「ルソン」海峡ヲ避ケ極力西寄ニ選ブ)続報 〕
  80. ^ #S1907十六戦隊日誌(1) p.59〔 六日一八一七北上艦長(宛略)本艦左ニ依リ佐世保ニ回航ノ予定 一.九日〇五〇〇「マニラ」発十日一三〇〇頃N一七-五五E一一六-一五附近ニ於テ「ヒ七〇」船団ト合同 爾後同船団ト同航十六日一三〇〇佐世保着(以下略) 〕
  81. ^ 日本軽巡戦史 1989, p. 559a〈ヒ70船団〉
  82. ^ #S1907十戦隊日誌(2)) p.37〔 五(天候略)?霜月ヒ七〇船団護衛横須賀ニ向ケ昭南発/一〇〇〇浦風昭南ニテ出渠 〕
  83. ^ #S1908第1海上護衛隊(1) p.45〔 別表第二 舩団護衛状況(馬來直航々路)昭和十九年八月 第一海上護衛隊司令部 〕
  84. ^ #S1811海護総司令部(4) p.12〔 五(略)「ヒ七〇」船團八隻香椎(五ES旗艦)神鷹 霜月 千振 佐渡 第一三、一九號海防艦 四日二一〇〇昭南發 〕
  85. ^ 戦史叢書46 1971, p. 381a神鷹(二)ヒ七〇船団
  86. ^ #S1907十六戦隊日誌(1) p.41〔 北上ハ九日「マニラ」發高速船團ニ加入シテ十四日佐世保着爾後本修理ニ従事中ナリ 〕
  87. ^ 日本海防艦戦史 1994, pp. 71-75海防艦三隻、同時に喪失
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