前垂と下がり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 06:03 UTC 版)
左は関取(琴奨菊和弘)、右は幕下以下の力士である。いずれも蹲踞の姿勢をとっているが、関取は布海苔(ふのり)で固めた下がりを用い、幕下以下は柔らかいままの下がりを用いるため、明らかな違いが見て取れる。前者の下がりは太腿と胴に挟まれて斜め上に跳ね上がり、後者の下がりは太腿の曲面に沿って垂れ下がる。 江戸時代の土地相撲(名目上は勧進相撲)においては、幕内力士の取組には、形はやや違うものの今でいうところの「化粧廻し」(※後述)が使われていた。これは、相撲絵(相撲の浮世絵)などにも描かれて今日に伝わっている(■右の画像を参照)。 当時の幕内力士の廻し(今でいう化粧廻し)には、観客に見せる目的で前に垂らす部分である「前垂/前垂れ(まえだれ)が、欠かせない部分としてあったわけであるが、相撲と取るにあたって動きの妨げになることは明らかで、江戸時代半ばになって取り払われ、前垂無しの状態の廻し、すなわち現代語で普通に「廻し」あるいは「締込み/締め込み(しめこみ)」と呼ばれているものに変わった(※当時は今『化粧廻し』と呼んでいるものに特別な名称は無かったので、形が変わろうとも名称が変化したわけではない)。 前垂が取り払われたれ際、前垂の最下部に付いている装飾用の総(ふさ)であった「下がり(さがり)」だけは、総の数を大幅に減らしたうえで残された。このような新しい形の下がりが生まれたことで、土地相撲に流れを汲む大相撲の力士には、これ以降、蹲踞する際に手で下がりを左右に掻き分けて太腿と胴の間に置くという独特の動作が加わった(■右列に画像あり)。ただ、前垂と同じく下がりも廻しに固定されていたことから、意図せずこれに指を引っ掛けて負傷する力士が多く、その対策として、下がりは褌の布本体とは切り離された部品に改められ、締め込んだ前褌(まえみつ)に挟み込んで固定するだけで力が掛かれば簡単に抜け落ちるものに変えられた。前褌に挟み込んで固定する必要から、挟み込めるだけの面を備えた短い横帯と、その下に垂れる紐からなる構造に変わった下がりは、もともと総であった名残で、変革後も、縄暖簾(なわのれん)のような柔らかいただの総であったが、関取が用いる下がりに限っては布海苔(ふのり)で塗り固められたやや硬質なものに変わった(※変更された時期は不明)(■右列に画像あり)。布海苔で固めた下がりはそれほど硬いわけではないので、取組中に折れることも多い。その時は、濡らした後、まっすぐに成形し直して干しておけば、再び布海苔が利いて元に戻る。現在の下がりについて、本数は力士の体格に合わせて変えられているものの、17本前後が原則であり、偶数は割れる数であることから「土俵を割る」につながるため、験を担いで奇数になるように作られている。2019年5月場所のさなかの報道によると、この頃の関取の下がりの本数はほとんどの場合13本である。幕下以下の力士も取組の際には下がりをつけて土俵に上がるが、こちらは布海苔で固められていない旧来の柔らかなタイプが使われている(■右列に画像あり)。幕下以下の場合、下がりの色は原則として自由である。なお、前相撲の力士は下がりをつけずに取組を行う。 現代の下がりは取組中の激しい動きの中で外れることが多い。先述のとおり、挟み込む面を前褌に挟み込んでいるだけであるため、相手力士に前褌を取られて引き付けられれば挟み込む力が失われて簡単に外れるし、力士本人と相手力士から加えられる様々な方向性の力のために廻しが全体的に緩むことでも外れる。意図せず指を引っ掛けるなどしても容易く抜け落ちるようになっている。取組中に落ちかけている下がりを行司が引き抜いて、邪魔にならないよう土俵の外へ放り投げることも多い。取組の終了後、外れた下がりは力士本人が持って動くことになるので、前褌に挟まれる部分の形状などはこの時によく目にすることができる。物言いが付いて取り直しが決まった場合でも、外れた下がりを付け直すことはなく、下がりの無い状態で取り直す。 「取組前に下がりが外れると反則負けになる」という俗説があるが、そのような事実は無い。取組中の激しい動きの中で外れることが多いとは言え、下がりが取組前に意図せず外れることは基本的に無い。実際に取組前に下がりが外れた事例はほとんど無い。 元々江戸時代の大相撲において化粧廻しの前垂は取組中に廻しがずれた際に局部が見えないようにするための役割を持っており、その名残であるさがりも建前上は緊急時に局部を隠すために存在するといわれる。 呼出が懸賞金の熨斗袋にさがりを刺すことがあるが、これは所作ではなく懸賞金を落とさないように呼出が配慮して行うものである。
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