六波羅殿家訓とは? わかりやすく解説

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六波羅殿家訓

主名称: 六波羅殿家訓
指定番号 2478
枝番 00
指定年月日 1993.06.10(平成5.06.10)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書 貞和三年九月六日書写奥書
員数 1巻
時代区分 南北朝
年代
検索年代
解説文:  『六波羅殿家訓』は、鎌倉幕府六波羅探題連署などをつとめた北条重時一一八-一六一)が、その子息長時に与えた家訓で、同じく時の家訓極楽寺殿御消息とともに鎌倉時代武家の家訓代表例として知られている。
 本巻はその唯一の古写本で、もと袋綴冊子本改装して巻子本としている。本文料紙楮紙で、首に「六波羅相模守教子息□□状〈号極楽寺/ 重時□〉」と内題があり、以下もとの冊子の半九~一一行に片仮名交じり文に書写している。内容は、冒頭総論にあたる部分があり、子の振舞は親の教訓によるので、思いつくことを書きおくとしている。ついで「仏神主親ニ恐ヲナシ」云々以下、四三か条にわたり従者他人に対す態度宴席などでの振舞い衣服など日常生活での作法などを細かく指示している。このうち第二条には他人に相談する際の心得記し、「其猶計カタクハ重時ニカクトイフヘシ」とあり、この家訓が重時の与えたのであることを内容から明らかにしている。また、第十六条日常家の中での振舞いのことを指示するが、文中二か所に脱文があって文意通じ難く後半書状を書く際の心得述べており、元来は二か条以上に分かれるものかと考えられる巻末には貞和三年一三四七)九月六日醍醐寺智春坊で書写した旨の奥書があって書写年時明らかにし、外題には「奥州禅門儀教抄」とあったと記している。さらに、ある所では「夜鶴聴訓抄」と題していた旨を記すが、この部分は墨で抹消されている。なお奥書の末には署名僅かにみえるが判読できず、筆者明らかでない
 この家訓は、その内容からみて若年の子息に与えたものと考えられ長子長時一八歳で重時にかわって六波羅探題就任した宝治元年一二四七)か、それ以前書かれたと推定されているが、個々教訓きわめて詳細かつ具体的で、当時鎌倉上級武士の生活、思想一端示している。鎌倉時代武士の家訓数少ない遺例として、その史料的価値は高い。
重要文化財のほかの用語一覧
書跡・典籍:  六時居讃  六条宰相家歌合  六条齋院歌合  六波羅殿家訓  兼好家集稿本  兼輔集断簡  内典随凾音疏



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