公訴時効制度に関する諸学説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/02 01:17 UTC 版)
「公訴時効」の記事における「公訴時効制度に関する諸学説」の解説
日本では公訴時効制度が設けられている理由について次のような見解がある。 実体法説 時の経過とともに「犯人が憎い」「厳罰に処すべし」といった社会の復讐感情が減少し、また刑罰により一般人に対して犯罪を思い止まらせる必要性や、犯人に対する再教育の必要性が減少(可罰性が低下する)することで国家の刑罰権が消滅する点に本質があるとする説である。 この説に対しては、刑罰権が消滅しているのであれば無罪判決を言い渡すべきであるところ、法が免訴判決を言い渡すべきと規定すること(刑事訴訟法337条4号)との整合性がないという批判がある。 この批判に対して、他に免訴となる事由として、犯罪後の法令により刑が廃止されたとき(刑事訴訟法337条2号)及び大赦があったとき(刑事訴訟法337条3号)という明らかに刑罰権が消滅した場合が含まれることから、刑罰権の消滅と免訴判決は矛盾しないという反論がある。 訴訟法説 時の経過とともに証拠物(凶器、写真などの物的証拠)が散逸し、または経年劣化による腐敗で長期間の保存と事実認定が困難になり、適正な審理ができなくなることを防止するため公訴権が消滅する点に本質があるとする説である。 この説に対しては、証拠が十分に存在する場合にも一律に公訴権が消滅することの説明がつかないという批判(i)がある。DNA型鑑定などの科学技術が飛躍的に向上したことにより、証拠の長期保全が可能になったことが批判の背景にある。また、刑事訴訟法250条が法定刑の重さにより時効期間に差を設けていることを説明しきれていないという批判(ii)がある。 しかし、批判(i)に対しては、長期に保存可能な証拠が存在しても、この証拠と犯罪事実との関係性や故意の認定については、結局、他の証拠に頼らざるを得ず、時の経過による事実認定の困難性は解決できるものではなく、また、科学技術が向上したとしても被告人に有利な証拠(アリバイなど)や無罪証拠は散逸を免れず、誤判の恐れに変わりはないという反論がある。 競合説 「実体法説」と「訴訟法説」の両方の理由があるとする説である。 両説に対する批判はこの説についても向けられるという批判がある。 しかし、競合説は実体法説に対する批判には訴訟法説で答え、訴訟法説に対する批判には実体法説で答えることに特徴があり、そのような批判は当たらないという反論がある。 新訴訟法説 犯人と疑われている者が一定期間訴追されない場合、その状態を尊重し、個人の地位の安定を図るため公訴権が消滅すると説明する。殺人事件があった場合に家族や恋人が犯人視されることや、現金がなくなった場合に経理担当者が横領犯視されることがあるが、このような法的に不安定な状態を永遠に続けないために、公訴時効があるということになる。 この説に対しては、公訴時効の本質論の説明を放棄しているという批判がある。 なお、『犯人と疑われている者』を『犯人』に置き換えた「『犯人』が一定期間訴追されない場合、『犯人』の地位の安定を図るために公訴時効があるとする説」は新訴訟法説ではなく、実体法説である。 その他の学説 アリバイなどの「無実の証拠」は時の経過とともに急速になくなるので、無実の者を誤って有罪にすることを防止するため、時間の制限があるとする説がある。訴訟法説との違いは、訴訟法説では「有罪証拠の散逸」あるいは「有罪証拠と無罪証拠の散逸」を理由するのに対し、この説では、もっぱら「無罪証拠の散逸」を理由として「被告人の防御権の保障」を時効の存在意義としている。 なお、上記の新訴訟法説とこの説を合わせて、実体法説でも訴訟法説でも競合説でもないという意味で、大括りに「新訴訟法説」と言う場合もある。
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