修二会と芸術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 10:00 UTC 版)
ドイツの作曲家シュトックハウゼンの電子音楽「テレムジーク」は、作曲者によって採集された世界各地の音を電子音と融合させた作品であるが、日本を代表する音として雅楽とお水取りの声明が選ばれている。実際にシュトックハウゼンは1966年に奈良を訪れお水取りに立ち会っている。 日本の作曲家、柴田南雄は1978年、「修二會讃」を作曲した。東大寺の修二会の声明のほかに、『華厳経』の一部や小林一茶、大島蓼太、松尾芭蕉の俳句をテクストに用いたシアターピース(合唱劇)で、委嘱した東京混声合唱団によって同年に初演された。 日本のシンガーソングライター、さだまさしは1993年、この行事をテーマにした楽曲「修二会」を制作している(作詩・作曲:さだまさし アルバム『逢ひみての』収録)。さだは日本の古典的、民族的、仏教的なモチーフの作品を数多く作っているが、この曲もその1つである。また、さだは東大寺の管長らとも縁があり、大仏殿の昭和の大修理の際、落慶法要コンサートを行っている。 歌舞伎役者・舞踊家の二代目尾上松緑は東大寺の修二会を取材して、舞踊『達陀』を作った。 評論家の小林秀雄は、達陀の行法に接して「バッハだ」と嘆息したという。 画家では杉本健吉や須田剋太などが修二会にちなむ絵を描いている。 写真では入江泰吉が1946年ごろから30年以上修二会に通いつめ撮影を行った。こうした撮影活動の末、入江は写真集『お水取り』1968年三彩社、『東大寺とお水取り』1981年集英社を刊行する。 また写真家土門拳は1967年東大寺修二会を撮影し、翌年、平凡社「太陽」1月号に特集記事として掲載された。 修二会にも参籠する彫刻家水島太郎の等身大の脱活乾漆作品"初夜上堂"(世沙弥美術館)大阪塚本にある。
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