二条家文書(即位灌頂)
主名称: | 二条家文書(即位灌頂) |
指定番号: | 175 |
枝番: | 00 |
指定年月日: | 2000.06.27(平成12.06.27) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 古文書 |
ト書: | |
員数: | 58通 |
時代区分: | 江戸 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 二条家文書は二条家に伝来した即位灌頂および伝授に関するものである。二条家に伝来していた文書記録類は、延宝三年(一六七五)の火災で悉く焼失した。本文書は、この火災以後のもので、家宝として代々受け継がれてきた。 即位灌頂は、鎌倉時代から江戸時代末期まで、歴代天皇が即位礼で行った密教的な秘儀とされる。元文三年(一七三八)桜町天皇宸翰【しんかん】、二条斉信即位灌頂書付控などによれば、天皇はあらかじめ摂家の者から秘印【ひいん】と真言【しんごん】を伝授されたうえで、即位礼で実際に秘印を結び、真言を唱えること、「朝廷の重事」とされたこと、天皇への伝授は時の摂政、関白の務めとされ、元々は五摂家でそれぞれ代々受け継がれていたこと、南北朝時代になって、二条良基(一三二〇-八八年)が五代の天皇(光厳、光明、崇光、後光厳、後小松)に伝授してから、二条家が独占的に伝授者を務めるようになったことなどが知られる。 本文書は、いずれも東山文庫の勅封【ちょくふう】文書などからわずかに知られる天皇即位礼の秘儀や由来などを直接提示している。なかでも、桜町天皇宸翰女房奉書【にょうぼうほうしょ】からは、享保二十年(一七三五)二条吉忠より印明伝授を受けた桜町天皇が、父宗煕の早世によって口伝【くでん】を相伝していなかった二条宗基に対して返し伝授を行っていることが知られて注目される。この時、宗基が心覚えに書き込んだ即位灌頂覚帳には秘儀の内容が明記されている。また、宝永七年(一七一〇)中御門天皇即位の際、後見となった二条綱平がその詳細を書き留めた『綱平公記』や宝永度即位灌頂指図【さしず】なども含まれている。 本文書の特色は、①返し伝授の桜町天皇宸翰五点を含んでいること、②本来は口伝で、文書化されることのない秘儀中の秘儀である秘印や呪文が、即位灌頂切紙【きりがみ】や秘印図として書き残されていることにある。 |
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