両津ため吉とは? わかりやすく解説

両津ため吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 08:14 UTC 版)

両津家」の記事における「両津ため吉」の解説

声の出演加藤治酒豪うわばみのような酒びたりの生活で、嘉永6年生まれ明治末期日露戦争後)に亡くなったとされる勘兵衛夏春都・みの吉の父で、銀次夜婁紫喰祖父勘吉・纏・檸檬らの曽祖父にあたる。勘吉が訳あって天国行ったときにも泥酔状態で道に転がっていた。後に天国でため吉に酒を売らないことが決められ酒を飲むためだけにこの世生き返るその際には明治期金銭感覚しか無いため現在の金銭感覚驚愕したりしていた。孫の銀次とは自身晩年、つまりは銀次赤ん坊もしくは少年であった以来であったようで、老年期迎えた孫を「でかくなった」と嬉しがっていた。柔剣道達人であり、千葉周作習った豪語する剣の腕も勘吉をして強いと言わしめるほどに優れていた。最後伊藤博文初代内閣総理大臣鶴の一声天国戻っていった(台詞上では「伊東博文」)。歴史上の人物との交流深く坂本龍馬とは飯を食ったことがあったり、森鷗外写真撮ってもらったり、西郷隆盛握手したり、また幕末・明治偉人達からサイン頂戴したりしている。日本人初めピースをして写真撮った。ただし、これらの話が事実かどうか不明。また生前道楽者で家を売って骨董品大量に買っていたが、全て偽物であった鑑定した中川商事スタッフ骨董業者騙され大量に買わされたのではないか語っていた)。 アニメでは酔った勢いで天国から脱走したことで現代る。町でトラブル起こしていたところを花山彼の捜索依頼され勘吉出会う原作上の酒豪で、一斗飲み干して顔色一つ変えず平然としていた。原作と同様歴史上の人物との交流があり、坂本龍馬好物佃煮料亭まで配達したり(龍馬もため吉の事を覚えていた)、西郷隆盛江戸に来た時には見物行ったりしていた。浅草佃煮屋にはそれらの人物関係するもの保管されているが、全て現代では価値のある物ではなかった(坂本龍馬撮ったため吉の写真酒を飲む時に使ったお猪口夏目漱石可愛がっていた毛玉樋口一葉が筆を拭った半紙千葉周作が斬った笹の葉等)。最後勘吉花山協力現代蘇った龍馬当時友人たち再会し勘吉に『来年の盆にも帰ってくる』と約束交わし満足して天国帰って行った(ただしラストで再び天国脱走ししまっていた)。

※この「両津ため吉」の解説は、「両津家」の解説の一部です。
「両津ため吉」を含む「両津家」の記事については、「両津家」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「両津ため吉」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「両津ため吉」の関連用語

1
2% |||||

2
2% |||||

両津ため吉のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



両津ため吉のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの両津家 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS