マーケット設定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 07:55 UTC 版)
発売当時はすでにインスタントラーメンは現代と同様に3分程度加温し粉末スープを加える形が主流だった。チキンラーメンは関東地方では市場には流通していなかったため、熱湯を注いで3分で食べられるというスタイルは、発売地域外の若者にとっては物珍しかった。また、チキンラーメンを知る世代に対しても、どんぶりをカップに替え、具材も豊富な「完全調理済食品」であり、あくまでラーメンではなく「ヌードル」という新しい食品であるイメージを強く押し出していた。 当初、問屋を通した正規ルートで希望小売価格100円での展開を目指していたが、当時約25〜35円だった袋入りインスタントラーメンの3〜4倍程度の設定であったため、関係者の反応は悪く、注文の入らない日々が続いた。 そこで、全く新しいスタイルの商品であることもあり、市場調査も兼ねて従来と違った特殊なルートとして野球場(東京スタジアム)や遊園地、警察署や消防署などといった夜勤の多い職場を対象に試験販売が行われ、関東地方ではロッテの本拠地東京スタジアムが初めて販売された場所である。最初の大口顧客となったのは「簡便性」「完全調理済食品」という点に目をつけた自衛隊であった。 1971年(昭和46年)11月21日 には、東京・銀座の歩行者天国で大々的な宣伝販売を行い、4時間で2万食を販売した。当時はパッケージにプラスチック製フォークが添付されていた。 発売翌年の1972年(昭和47年)2月、あさま山荘事件が起きた際に、機動隊員達がカップヌードルを食べる場面が日本全国に生放送され、視聴者の注目を集めた。事件当時の現場は、摂氏マイナス15度前後の寒さで、警察官に配給された弁当も凍ってしまったため、熱湯を注ぐだけですぐに食べられる当製品が非常食として導入されたものであった。 これをきっかけにカップヌードルの認知度は飛躍的に高まり、各地域から販売希望が多数寄せられ、その要望に応えて後に全国発売となった。また、日清食品一社提供番組の『ヤングおー!おー!』(毎日放送)でも大々的に宣伝された。 1970年代には漫画「ドラえもん」にはギャグとして「カップメンのプラモデル」が登場するエピソードが存在するが、この後1980年代には東京マルイより「ウォークメイト」シリーズの一つとして本品を模してゼンマイ式の歩行機構を組み込んだプラモデルが実際に登場した。 また、2020年にはカップヌードルの発売記念日である9月18日にBANDAI SPIRITS(旧・バンダイ ホビー事業部)より「BEST HIT CHRONICLE 1/1 カップヌードル」として通常サイズのカップヌードルを忠実に再現したプラモデルが発売された。この他、タカラトミーの自動車玩具であるトミカでもカップヌードルを2階建てバスに見立てた自動車を発売している。
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