ナチス犯罪と時効
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 13:59 UTC 版)
「ドイツの歴史認識」の記事における「ナチス犯罪と時効」の解説
日本ではしばしば「ドイツではナチス犯罪に時効はない」と言われるが、BRD国内法にそのような規定は存在しない。そもそもBRDでは「ナチス犯罪」が法律の上で定義されているわけではないため「ナチス犯罪の時効をなくす」のは最初から不可能である。 この「ナチス犯罪に法的定義がない」点は、後にBRD議会が刑免除法を制定したとき「ナチス時代にユダヤ人商店から商品を奪った」のと「戦後の闇市で飢えからパンを盗んだ」行為が、「ナチス時代に迫害を逃れるため偽名を使って潜伏した」のと「戦後、連合軍の戦犯追及を逃れるため偽名を使って潜伏した」行為が、同じように免罪される事態を招いている。 ナチス時代の犯罪のうち、窃盗など軽犯罪は1950年まで、所有権侵害罪などは1955年、故殺罪や強姦罪などは1960年に公訴時効が成立した。この時点で公訴時効に達していなかったのは謀殺罪(計画的殺人)と謀殺幇助罪だけであるが、このうち謀殺幇助罪の時効は当初は20年、1960年には30年に延長されたが、1969年の刑法改正により「個人的動機がない」ものの時効が半分の15年に短縮され、ユダヤ人迫害などに関わるものは「個人的動機がない」として、1960年に遡って時効が成立している。すなわち結果として「謀殺幇助罪の時効を延長した筈の1960年に、法律上は時効が成立した」のである。 この時効短縮については、1960年代後半、ナチス時代にユダヤ人達を強制収容所に送り込んだ官僚(いわゆる「机上の殺人者」)を謀殺幇助罪で追及する裁判が開かれていたが、この刑法改正に伴い、時効の成立(69年5月20日に連邦裁判所にて「起訴時点での時効成立」が確認されている)により追及は打ち切られたため、意図的なものであるとも言われている。当時のBRD司法相ホルスト・エームケ(ドイツ社民党)は「刑法改正のこのような副作用は望まなかった」と述べているが、イスラエル大使ベン・タナンが68年7月に懸念を表明していたにもかかわらず、それが刑法改正時に考慮された形跡はない。 現在、ナチス時代の犯罪の中で時効が停止されているのは謀殺罪だけであるが、これもナチス限定ではなく、あくまでも謀殺罪全ての時効が否定されているに過ぎず、米国や英国で殺人の時効がないのと同じレベルの話である。 なお、建国から現在に至るまでBRDでは、ジェノサイド罪にも時効はないが、これはナチス時代に存在しなかった罪であるため、無理にナチスに適用すると、刑法の遡及適用という形で大陸法系の刑法の基本である罪刑法定主義を否定することになる。日本では時々「BRDではナチス犯罪者に法の遡及適用が行われた」とされることがあるが、BRDにおいてはジェノサイド罪をはじめとする当時存在しなかった罪がナチス時代の行為に適用されたことは一度もなく、SS隊員等がユダヤ人に行った加害行為は謀殺罪等の一般刑法犯として処断されている。ただし、法の不遡及に法解釈の不遡及を含むと解する立場からは、ナチス時代に適法と解されていた行為を事後的に変更された法解釈により処断することは遡及処罰にあたるとの結論も導きうる。これと同旨の批判は、東西統一後のBRD裁判所において、亡命企図者を殺傷した旧DDRの国境警備兵を旧DDR法によって有罪とした裁判にも加えられた。
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