データの理由づけとしての考察
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 06:31 UTC 版)
「IMRAD」の記事における「データの理由づけとしての考察」の解説
実験系の論文において、重要な考察事項は、データが「なぜそうなるのか」を説明することである。したがって得られたデータに対して、「説明を要する箇所」や「特徴的な個所」を指摘して得られたデータや、その特徴の理由付けをするといった考察(実験速報型の考察)は、実験を伴う場合には必ずなされる。 したがって、データを読む力が必要である。データを読む力には、「A ⇒ B、B ⇒ Cといった論理的な思考に基づく周到なプロファイリング」と、「なんとなくデータのこの辺に何かがありそうだ」という直感の両方が必要であるが、論理と直感のバランスは難しい。データを論理的に読む能力としては、以下のことができる必要がある。 データの値そのものがどの程度の値になるかを予想する データの傾向がどのようになっているかを予想できる まず、データそのものの値については、簡単なオーダーエスティメーションからかなりのことがわかる。例えば、DNA溶液の濃度が数mol/mlとなることは、そうそう考えにくいといったことは、塩基長や1bp当たりの分子量やアボガドロ数、PCRの初期鋳型量の典型値等から簡単な算数で求まる。このように、データそのものが概ねどの範囲にあるかという視点はデータが正しいか否かを論証するうえで一つの指針となる。ただし、オーダーエスティメーションと実際の値が数桁違うことは確かにある。例えば原子間力については、角材を引きちぎるのに必要な力からオーダーエスティメーションで求まる力よりも数桁高い力が測定されるようである。このような場合には精密なモデル化に基づいた詳細な検討が必要となる。 データの傾向については、例えば、データを曲線に表してみたとき、その曲線がどのような増減をたどるかを記述あるいは予想し比較することで論証される。このような場合には、データの曲線のあるべき姿を論理的に把握できることが重要である。例えば、塩酸で金属を溶かすことを考えた場合、 塩酸の濃度を増やした場合 塩酸の量を増やした場合 に、金属が溶ける速さがどのように変化するかという問題を考えた場合で、「溶ける速さ」を、時間を固定し、金属の減った量を前後比較してみた場合、まず、前者は明らかに濃度が高くなるに従い早くなるという結果が得られるだろう。後者についても、実際には量が多くなるに従い早くなるという結果が得られるだろう(濃度の変化が緩慢になるため)。このような予想は、反応速度論の反応曲線から立てられる。またPCRの場合でも、初期鋳型量が同じならば、最初はおおむね同じ曲線をとり、終末地点で差異が得られるだろうなどといった予想が立つ。このように、データの傾向がどのような増減をたどるのかといった問題については、大学院の入試問題中で、問われることもある。例えば総研大の遺伝学専攻の入試問題には、そのような問題が多数記載されている。 その他に、 データ自体の顕著な傾向について指摘できる 一つ / 複数の視座からデータを比較することができる といった能力も必要となる。顕著な傾向は変化が急峻である箇所や、変曲点等、現れやすい個所がいくつか存在する。また、データのあるべき姿に照らして「比較せねばならぬ箇所」や「顕著にずれがある個所」などといったこと、データ間で一見矛盾しているように見える箇所等を指摘し、理由が説明できれば理由を説明していけばよい。 より、高度な考察、即ち「モデル化」にまで踏み込んだ場合には、話がより高度で複雑となるため、次節にて述べる。
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