ディプロマミル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/09 01:11 UTC 版)
ディプロマミル(英語: diploma mill)またはディグリーミル(英語: degree mill)とは、実際に就学せずとも金銭と引き換えに高等教育の「学位」を授与すると称する機関・組織・団体・非認定大学のことである。それらの活動は学位商法(がくいしょうほう)とも呼ばれる。
注釈
- ^ 米国には7つの地域認定機関と52の全国認定機関が存在し、地域認定機関の方が基準が厳格である。逆に言えば認定機関がこれらの59機関のどれでもない場合、その認定機関は偽物と言う事になる。アメリカにはこれらのディプロマミルと提携して活動する認定ミルと言う偽認定機関まで存在する - 5 signs your school might be a diploma mill usnewsuniversitydirectory.com; 2010年付
- ^ 「今までの人生経験を授業単位に換算できる」と言うのはディプロマ・ミルではよく使われる手法・宣伝文句である - Diploma Mill Calling: Continuing Ed Without the Ed nytimes.com; 2006年7月30日付 *但し、実際に過去の経験を授業単位に換算する学術機関は存在するため、単純にディプロマ・ミルと見分ける根拠となるわけではない - Flexible Entry - Open University Malaysia (oum.edu.my);2023年12月9日、またWikipedia内記事も参照 - Recognition of prior learning
- ^ 北米の大学の博士論文を収集し、オンデマンドで配布している組織。実在の大学の博士論文はほぼ網羅しているはずなので、データベースにその博士論文が存在しなければおかしい。
出典
- ^ "The Real and the Fake: Degree and Diploma Mills", Alan Contreras and George Gollin, Change, March–April 2009
- ^ a b c d e 斎藤里美、杉山憲司『大学教育と質保証』明石書店、2009年、18頁。
- ^ a b 斎藤里美、杉山憲司『大学教育と質保証』明石書店、2009年、19頁。
- ^ 国際的な大学の質保証に関する調査研究協力者会議(第3回)議事次第 文部科学省
- ^ http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/12/08010803/001.htm 真正な学位と紛らわしい呼称等についての大学における状況に係る実態調査について 集計結果
- ^ 「ニセ学位で採用・昇進――文科省調べ全国4大学で4教員」『朝日新聞』43715号、朝日新聞東京本社、2007年12月28日、30面。
- ^ 学校教育法第135条「専修学校、各種学校その他第一条に掲げるもの以外の教育施設は、同条に掲げる学校の名称又は大学院の名称を用いてはならない」。
- ^ 学校教育法第146条
- ^ 学校教育法第104条第1項
- 1 ディプロマミルとは
- 2 ディプロマミルの概要
- 3 脚注
ディプロマミル
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「ジョン・R・ブリンクリー」の記事における「ディプロマミル」の解説
1912年に、ブリンクリーはミズーリ州 セントルイスで、今度は自分の教育の糸を取り戻そうと、家族のもとを去った。 彼が支払う義務のある授業料をベネット医科大学に納めていないという理由から、大学はブリンクリーが希望する医学校のいずれにも、彼の学業記録を転送することを拒否した。代わりに、ブリンクリーはカンザスシティの折衷医科大学として知られている胡散臭いディプロマミルから医学修了証を購入し、帰宅した。 1913年2月11日、娘ナオミ・ベリル・ブリンクリーが生まれた。 5人家族はすぐにニューヨークに移り、その後間もなくシカゴに引っ越した。ブリンクリーが医者になるという目標をあきらめることを拒否したとき、サリー・ブリンクリーはノースカロライナに3人の女の子を連れて、最後にもう一度、彼のもとを去った。 ブリンクリーは、ジェームス・E.・クロウフォード(別名:J.W. バークスを使用)という名前の男性とサウスカロライナ州グリーンビルで店頭事業を始めた。 二人は「Greenville Electro Medic Doctors」という店を開業し、精力低下を心配する男性を引き付けるための広告を出した。 彼らは患者に1回25ドル(現在価値で700ドル)で単なる着色水を注射し、それがサルバルサンまたは「ドイツからの電気医療」であると宣伝した。 2ヵ月後、彼らは急いで未払いの家賃、公共料金の請求書、そして衣料品や医薬品の借金を残して、町を出た。地元の新聞は、この二人組が約30〜40人の地元の商人に未払いの小切手を残したと報じた。彼らはクロウフォードがかつて住んでいた場所、テネシー州メンフィスで解散した。
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