チキンキーウ
(キエフ風カツレツ から転送)
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チキンキーウ(ウクライナ語: котлета по-київськи, 英語: Chicken Kiev; Chicken Kyiv, チキンキエフ〈ロシア語発音由来〉)とは、バターを骨なしの鶏胸肉で巻き、小麦粉、溶き卵、パン粉の衣をつけて焼くか、もしくは揚げたカツ料理。日本語では「キーウ風カツレツ」とも書かれる[1]。ウクライナおよびロシアのカツ料理、コトレータの一種である。
概要
伝統的なチキンキーウには、手羽元の骨をつけたままにした胸肉を用いる。胸肉を叩いて薄くのばしてから冷やしたバターを包み、中央が太く両端が尖がったサツマイモのような形に整えることが多い。温かいうちに切ると、調理中に熱せられて液状化したバターが染み出し、バターソースとなる。ハーブ(パセリ、チャイブ、ディルなど)やレモン汁、ニンニクをねりこんだバターを用いることもある。定番の付け合わせは細切りのフライドポテトとバターをのせたグリーンピース である[2]。胸肉の代わりに鶏の挽肉を使うこともある。
歴史
チキンキーウは伝統的なウクライナ料理にその起源を持ち、料理名はウクライナの首都キーウから採られたとされているが、正確な発祥の地は不明確である[3]。調理法はむしろフランス料理の鶏肉のカツレツに酷似する。
ロシアの料理研究家ヴィリヤム・ポフリョプキンは、チキンキエフは1912年にサンクトペテルブルクの会員制レストラン「商人クラブ」で発明されたものであると主張した[4]。創作された当時の「チキンキエフ」は近隣のノヴォミハイロフスキー宮殿から名前を前取った「ノヴォミハイロフスキー・カツレツ(コトレータ)」という名前であり、ロシア革命の混乱によってレストランの消滅と共に料理自体も忘れ去られた。1947年、ソビエト料理のレストランで「ノヴォミハイロフスキー・カツレツ」がウクライナの外交官たちに供せられ、この時初めてチキンキエフ(ロシア語: котлета по-киевски、ウクライナ語: котлета по-київськи, キエフ風コトレータ)に改名されたと述べている[5][6]。しかし、ポフリョプキンは主張の裏付けを提示しておらず、「ノヴォミハイロフスキー・カツレツ」がウクライナの外交官たちの食卓に出されるに至った経緯も説明していない[7]。また、第二次世界大戦前の食文化を聞き取り調査した「日本の食生活全集 巻28 兵庫の食事」では、神戸市在住のロシア系の家庭の食生活の一例として「キーフ」の名で登場する[8]。また、フランスの食品加工業者ニコラ・アペールをチキンキーウの考案者とする説、20世紀初頭のニューヨークのレストランで考案された説も存在する[9]。ナショナルジオグラフィックにおいては、チキンキーウはウクライナ生まれではないと断定し、「名前だけご当地料理」と呼んだ[10]。同記事によると1970年代のキエフのシェフは、「チキンキエフ」を見たこともなかったとしている。かつてロシアのチェーン・ホテルで出されていた「チキンキエフ」を懐かしがって、キエフを訪れる旅行客がリクエストするのでキエフでも提供を始めたとしている[10]。
英語圏における使用
1991年8月に当時のアメリカ合衆国大統領ジョージ・H・W・ブッシュが、ソビエト連邦からの独立を求めるウクライナ人の政治姿勢を自滅的ナショナリズムと呼び、自制を求めるために行ったキーウでのスピーチに対する蔑称として、ニューヨーク・タイムズのコラム執筆者ウィリアム・サファイアがチキンキーウという名称を使用した[11][12][13]。ブッシュ大統領のスピーチはウクライナの民族主義者とアメリカ合衆国の保守派を激怒させた。サファイアは大統領のこの対ウクライナ政策を重大な誤算と考え、これをチキンキーウ演説と名付けて痛烈に批判した。ちなみに英語のチキンとは「臆病者」を意味するスラングでもある。
チキンキーウは1976年にイギリスに紹介され、イギリスの小売事業者マークス&スペンサーのTVディナーシリーズの最初の商品となった[14][15]。
日本での広域発売
2020年にはミニストップで、食べやすいようにアレンジされた「チキンキエフ」が冬季限定で日本全国の1975店舗において広域販売が始まった[16][17]。これにより日本では専門調理店を訪れたり家庭で手作りすることなく、「チキンキエフ」がコンビニエンスストアにおいて手軽に楽しめるようになった[18]。
翌年の2021年には松屋フーズの松のやでも「チキンキエフ定食」のテスト販売が始まった[19]。
2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、それまで日本ではウクライナの首都の名称はロシア語に由来するキエフ表記が浸透していたが[20]、ウクライナ語発音を反映させたキーウ使用の機運が高まり、同年3月31日には日本政府も今後の日本語表記をキーウへ変更することを正式発表した[21][22]。これに倣い、マスメディアもキーウ表記への変更を行った[22]。
これによりミニストップの商品も、名称が「チキンキーウ」へ変更されるのか注目が集まった[23]。しかしミニストップ広報は、情勢の変化によっては変更への余地も残しながらも、2022年4月時点では名称変更の予定はないと回答した[23]。2025年9月時点では、ミニストップの公式ウエブサイトではいまだ「チキンキエフ」のままで掲載されているが[24]、もともと季節限定商品であり、2020年[16]と2021年[25]の冬季以降は販売された形跡はない。
類似料理
チキンキーウに類似した料理はいくつかある。特に有名な類似料理としてはバターの代わりにチーズとハムを詰めたコルドン・ブルーがある。
脚注
- ^ 「新橋のウクライナ避難民スタッフのレストラン「スマチノーゴ」が1日復活」『新橋経済新聞』2024年10月9日。
- ^ Volokh, Anne (1983). The Art of Russian Cooking. New York: Collier. pp. 320-322. ISBN 0-02-038102-6
- ^ 沼野、沼野『ロシア』、p.149,176,178
- ^ 沼野、沼野『ロシア』、p.177
- ^ 沼野、沼野『ロシア』、pp.177-178
- ^ Marcus Warren (2001年6月19日). “Email from Ukraine”. Electronic Telegraph. 2013年2月20日閲覧。
- ^ 沼野、沼野『ロシア』、p.178
- ^ 『キーフ: アベル家の日常の昼の食事』農山漁村文化協会〈日本の食生活全集〉、1992年 。
- ^ 沼野、沼野『ロシア』、pp.176-177
- ^ a b 「地名の付いた料理は、本当にそこの名物なのか? これだけある 世界の「名前だけ」ご当地料理」『ナショナル ジオグラフィック』2020年8月15日。
- ^ Åslund, Anders (March 2009). How Ukraine Became a Market Economy and Democracy. Peterson Institute for International Economics. pp. 29–30
- ^ “Bush Sr. clarifies 'Chicken Kiev' speech”. Washington Times. (2004年5月24日) 2013年2月20日閲覧。
- ^ “Independence diaries: U.S. recognizes Ukraine”. kyivpost. 2013年2月20日閲覧。
- ^ Moran, Joe (2005年1月24日). “Hum, ping, rip: the sounds of cooking”. New Statesman 2013年2月20日閲覧。
- ^ “Do you know what you are eating?”. The Guardian. 2016年4月28日閲覧。
- ^ a b 「チキンキエフがミニストップで発売」『ウクルインフォルム』2020年10月9日。
- ^ “とろ~り ガーリックバターソース入り!ミニストップで伝統的なウクライナ料理を手軽に” (PDF). ミニストップ株式会社 (2020年12月2日). 2025年8月31日閲覧。
- ^ “ミニストップに「チキンキエフ」? SNSでは歓喜の声も”. エルマガジェイピー (2020年12月4日). 2025年8月31日閲覧。
- ^ 「とんかつ専門店「松のや」、ウクライナ料理チキンキエフをテスト販売」『ウクルインフォルム』2021年10月9日。
- ^ “防衛省 ウクライナ首都「キエフ」の名称表記に「キーウ」併記”. NHK (2022年3月29日). 2022年4月2日閲覧。
- ^ “ウクライナの首都等の呼称の変更”. 外務省 (2022年3月31日). 2022年4月20日閲覧。
- ^ a b “ウクライナ首都キエフの表記「キーウ」に 政府が変更”. 毎日新聞 (2022年3月31日). 2022年4月8日閲覧。
- ^ a b 「キエフからキーウに表記変更 ミニストップ「チキンキエフ」も変わるか」『J-Castトレンド』2022年4月4日。
- ^ “チキンキエフ” (PDF). ミニストップ株式会社 (2021年). 2025年9月5日閲覧。
- ^ 「ミニストップ、11月26日からウクライナの「チキンキエフ」再発売」『ウクルインフォルム』2021年11月24日。
参考資料
- 沼野充義、沼野恭子『ロシア』農山漁村文化協会〈世界の食文化19〉、2006年3月。
関連項目
外部リンク
- チキンキーウのページへのリンク