イスナード(伝承経路)研究
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「ハディース批判」の記事における「イスナード(伝承経路)研究」の解説
レザー・アスランは「伝承の時代が下るにつれ、イスナードはより完璧となる」と言ったシャハトの格言を引用し、それについて「恣意的だが正確だ」と語っている。 ハディース研究を専門としたイスラム学者G.H.A. Juynbollによれば、「イスナードという制度そのものは、預言者の死後およそ4分の3世紀後に誕生した」とのことで、それ以前はハディースや「キサス(主に伝説的な物語)」が無造作に、しかもほとんどが匿名で伝えられていた。イスナードが登場してからは、その規定上必要とされた場合には、古い権威者の名前が付与された。よく知られた歴史上の人物の名前が選ばれることもあったが、それ以上に、不完全なイスナードの中の名前を埋めるために、架空の人物名が作られることも多かった。」 パトリシア・クローネも同じ意見で、初期の伝統ハディース学者らは、彼ら自身が歴史的に一次資料に近かったにもかかわらず、後の基準では大雑把で不十分となるハディースの伝承経路(イスナード)詳述の習慣を発展させることに腐心していたと指摘している。後世のハディースは非の打ち所のないイスナードを完成させていたものの、それは既に捏造されている可能性が高かった。彼女は、真正ハディースの捏造がいつから始まったのかわからないので、真正ハディースの「核心」を絞り込むことはできないと主張している。 ブハーリー(870没)は預言者にまつわる60万件の伝承を審査したと言われるが、彼は約7,000件(繰り返しを含む)を保存し、言い換えると約593,000件を捏造として廃棄した。もし約3万件(繰り返しを含む)の伝承が収録されているハディース集を持つイブン・ハンバル(855没)が同じ基準で伝承数を審査したと仮定した場合、彼は約57万件の伝承を廃棄したことになる。イブン・ハンバルの伝承のうち、ムハンマドの教友であるイブン・アッバース(687没)が伝えた伝承は1,710件(繰り返しを含む)である。しかし、その50年前に、ある学者はイブン・アッバースが預言者から聞いた伝承は9件であると推定し、別の学者は10件ではないかと考えていた。イブン・アッバースが預言者から聞いた伝承が、西暦800年頃で10件、850年前後で1,000件を超えていたとしたら、西暦700年や(ムハンマド逝去時の)632年当時には何件の伝承を聞いていたのだろうか。仮に、イブン・アッバースが聞いた10件の伝承が本物であると認めたとしても、1,710件の伝承の中からどのようにしてそれを特定するのかという疑問も残る。 ジョセフ・シャハトは、「伝承の技術的な批判は、主にイスナードの批判に基づいている」と述べている。イスナードは、時間の経過を無視して「増大、逆行、横方向への広がり」があったため、不正なハディースを排除するには効果的ではないと彼(および他の人々)は考えている。 本文の検証は無視され、主に伝承経路の確立に注がれていた知的努力 ハディース批判者たちは、伝統的ハディース学者らによるイスナード検証方法の問題点だけでなく、ムハンマドによる言行や承認を伝えることを目的とする、ハディースの本質の部分である本文(matn)の評価についても、不足点を指摘する。 伝統派イスラム学者によるハディース研究の重大な弱点は、ハディースの趣旨・本文(matn)が「意味をなしているか、論理的であるか」を検証できなかったことだと主張する。matnは「実質的に神の啓示であり、いかなる形式の法的・歴史的批判も受け入れ不可能」であると考えられてきたからである。N. Coulsonは「ムスリムの学者たちはハディース捏造の可能性を認識していたが、その真偽の検証は伝承者の伝承経路を注意深く調べることに限られていた」と指摘する。その連鎖が途切れることなく、個々の繋がりが信頼できる人物であれば、そのハディースは拘束力のある法源として受け入れられたのだ。ハディースの内容については、前述のような信仰上の観点から、一切の疑問を抱くことは許されなかった。 シャハトは、預言者からのハディースは疑問や推論なしに受け入れられなければならないと主張するシャフィイーを引用する。「もしある伝承が預言者に由来すると認証されたならば、それに従わなければならない。誰であれ、それに対しなぜ、どのように、と問うことは間違いである。」 また、ゴルトツィーエル・イグナーツは「内容の価値を判断するには、イスナードの正しさを判断する必要がある。ムスリムの批評家は、最も粗雑な時代錯誤であっても、そのイスナードが正しいということであれば、何とも思わないようだ。伝承は、その外見的な形態についてのみ審査されている」と、イスナードを批判した。 ヨーロッパや非ムスリムの学者たちは、この伝統的なタイプの批評では不十分だと考えた。ハディースは、その内容と、その用語が法体系や制度の発展において占める位置によって検証されるべきである。 伝承者に対する人物評「ʿilm al-rijāl」 イスナードに対するもう一つの批判は、伝承者や語り手の道徳的・精神的能力を評価するʿilm al-rijāl(人物評)として知られる伝統的なハディース研究分野の有効性に対するものであった。ジョン・ワンズブロウは、「内部矛盾、匿名性、恣意性」を理由に、イスナードを受け入れるべきではないと主張している。具体的には、人物評に記載されている以外の多くのハディースの伝承者に関する情報が存在しないため、それらが「偽史的投影」、すなわち後世の伝承者によって作り出された名前であるかどうかが疑問視されているのである。
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