SUBARU
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生産部門
自動車部門
主力のSUBARU群馬製作所とその矢島工場がある群馬県太田市と、大泉工場がある同県大泉町は周辺を含めて下請け企業も多く、企業城下町となっている(「太田市#産業」「大泉町#産業」参照)。そこで働くために南米日系人らが多く移り住み、太田市と大泉町は外国人集住都市会議のメンバーとなるなど[15]地域社会への影響は大きい。群馬製作所の本工場所在地は地名もスバル町となっている。
太田市と同じ両毛エリアには、研究開発部門としてスバル研究実験センター(栃木県佐野市)を有する[16]。同センターの美深試験場(北海道美深町)には、走行試験や運転支援技術などの開発に使うテストコースを備えている[17]。
日本と並ぶ主要市場であるアメリカ合衆国では、現地生産を行っている。
航空宇宙部門
環境技術部門
- エコ宇都宮工場(栃木県宇都宮市)
- かつて鉄道車両や塵芥収集車・フジマイティーを生産していた。業界ではトップシェアを誇っていた。現在は航空機部品を主に製造している。
航空宇宙部門
日本航空業界の草分けである中島飛行機の後身で、現在も日本の航空宇宙業界で第三位であり、防衛省向け航空機の製造・開発及び定期整備やボーイング社向け分担生産を中心とし、その他 海上保安庁、消防や警察向けのヘリコプターの生産・整備も広く行っている。中でも固定翼機の主翼製造には業界屈指の技術と品質を誇り、ボーイングからボーイング787の開発に関わる企業の中で特に高度な能力を持つサプライヤーとして高く評価する表彰を受けているほか、対潜哨戒機P-1や輸送機C-2など(主に主翼を製造)の国内開発でも大きく貢献している。 40m超の主翼製造能力・設備は世界でもボーイングやエアバスに次ぐレベルである。
複合材製品についても、世界屈指の技術力を持つ。複合材料の実機適用は国内メーカーの先駆的役割を果たしている。
民間分野ではYS-11開発参加やFA-200販売で国産機の実績を積んでいる。
無人航空機の開発にも積極的であり、標的機や無人偵察機など自衛隊向けの機体を主とし、将来の無人機の活躍を見据えた複数の新型無人機開発に関わっている。任務多様化、機能高度化に向け、様々な技術を研究・開発中である。
さらには宇宙航空研究開発機構(JAXA)の超音速実験機D-SENDの製造・開発や航空自衛隊の先進技術実証機(後のX-2)の主翼・尾翼製造・開発など日本の航空宇宙産業発展のための高度な先進技術の研究開発にも数多く参加し、実績を残している。
沿革
- 1958年(昭和33年)1月16日 - 第二次世界大戦後日本初のジェット機T-1練習機を開発し初飛行に成功する。
- 1978年(昭和53年)1月17日 - T-3練習機が初飛行。3月から量産機が納入された。生産機数は50機。
- 1987年(昭和62年)4月27日 - T-5練習機が初飛行。
- 1994年(平成6年)4月9日 - ボーイング777の1号機がロールアウト。「世界最大の双発旅客機」の開発・製造に参加し中央翼を分担する。
- 2002年(平成14年)7月9日 - T-3改が初飛行。2003年(平成15年)4月にT-7練習機として制式採用された。
- 2002年(平成14年)6月 - エアバスA380に参加。垂直尾翼前縁・翼端、フェアリングを分担する。
- 2005年(平成17年)に開発が決定したボーイング787の開発にも参加している(詳しくはYX共同開発を参照)。
- 2008年(平成20年)から、MRJ(三菱リージョナルジェット)(現Mitsubishi SpaceJet)の設計のために技術者が出向していた。
- 2015年(平成27年)
製品
防衛省(自衛隊)向
- T-1A/B中等練習機
- J/AQM-1 無人標的機
- 遠隔操縦観測システム FFOS
- 新無人偵察機システム FFRS
- 無人機研究システム
- 航空機用シミュレータ
- UH-2(ベル・ヘリコプターと共同開発)
ライセンス生産
- T-34A練習機(ビーチクラフト)
- LM-1/2多座席連絡機(国内開発)
- KM-2練習機・TL-1練習連絡機(国内開発)
- T-3初等練習機(国内開発)
- T-5初等練習機(国内開発)
- T-7初等練習機(国内開発)
- L-19E連絡機(セスナ)
- UH-1B/H/J 多用途ヘリコプター(ベル・エアクラフト)
- AH-1S対戦車ヘリコプター(ベル・エアクラフト)
- AH-64D戦闘ヘリコプター(ボーイング)
- ペトリオット中距離地対空誘導弾用アンテナマストグループ(レイセオン)
分担生産
- F-2戦闘機(主翼・尾翼等)
- T-4中等練習機(主翼・尾翼・キャノピィ)
- OH-1小型観測ヘリコプタ(尾翼・キャノピィ等)
- US-1/-1A救難飛行艇(主翼外翼・ナセル・尾翼)等
- P-3C対潜哨戒機(主翼ライセンス生産)
- U-125A救難捜索機(装備品取り付け・納入前整備)等
- P-1哨戒機(主翼・垂直尾翼等)
- C-2輸送機(主翼等)
民間向
自社開発
- FA-200 エアロスバル
- FA-300(富士710、ロックウェル・インターナショナル社と共同開発)
- ドライビング・シミュレータ
- RPH-2(遠隔操縦観測システムの民間向製品)
- SUBARU ベル 412EPX(ベル・ヘリコプター社と共同開発)
分担生産
- ボーイング737(昇降舵)
- ボーイング747(補助翼、スポイラー)
- ボーイング757(アウトボードフラップ)
- ボーイング767(YX共同開発、主脚扉・翼胴フェアリング)
- ボーイング777(共同開発、中央翼・主脚扉・翼胴フェアリング)
- ボーイング787 ドリームライナー(共同開発、中央翼)
- エアバスA380(垂直尾翼構造)
- ホーカー ホライゾン/4000(主翼構造およびシステム開発)
- アグスタウェストランド AW609 ティルトローター機(胴体構造開発)
- エクリプス・アビエーション エクリプス 500(主翼)
- ボンバルディアDASH-8
ライセンス生産
宇宙関連機器
環境技術
現在は各種環境用プラント設備のみを生産している。それ以外の製品については後述。
注釈
- ^ 株式額面金額変更のため、東邦化学→富士重工業(新社)を存続会社として旧社は吸収合併されている。
- ^ 終戦後、アメリカに接収されて、140オクタンの高品質な燃料を使用しての綿密なテストの結果、アメリカをして「第二次大戦の日本戦闘機のベストワン」と絶賛させた。
- ^ 「富士」は「富士山」に由来する。中島飛行機の創立者である中島知久平は、日本を代表する名山である富士山をこよなく愛した。
- ^ 本社は東京都新宿区角筈(新宿スバルビル所在地)である
- ^ 当時、ブリヂストン会長でもあった石橋正二郎個人が筆頭株主の会社(つまり、厳密にはブリヂストンの資本系列ではなかったが、銀行は事実上のブリヂストン支配の会社と認定していた)となっていた。
- ^ 1954年(昭和29年)、戦前の立川飛行機の転進で、同じくブリヂストン傘下にあったプリンス自動車工業と合併、富士精密工業として開始した後、1961年(昭和36年)、プリンス自動車工業と名称を変更、スカイライン・グロリア・皇室御料車プリンスロイヤルなどを開発。1966年(昭和41年)、日産自動車に吸収合併された。
- ^ のちの富士ロビン。2007年に富士重工系列を離れマキタ沼津を経てマキタに吸収合併。
- ^ 共用化が全く行われなかったわけではなく、3代目レオーネ及び初代アルシオーネと7代目および8代目ブルーバードの一部部品は互換性があった。
- ^ 本田技研工業(以下、ホンダ)向けを含むOEMによる完成車の相互供給も行なわれたが、2003年(平成15年)いすゞのSIA撤退をもって関係を解消している。
- ^ GM傘下在籍中には、同傘下のSAABにインプレッサ・スポーツワゴンのOEM車種サーブ9-2Xを提供したり、GMのタイ工場からオペル車のOEMであるトラヴィックなどの供給を受けたりしていた。また2003年(平成15年)から開発を開始した「B9トライベッカ」ではSAAB版を最初からサーブ側と共同開発する計画だった。
- ^ 大型専業4社のほかにトヨタ自動車を含む。
- ^ 西日本車体工業も2010年をもってバス車体生産から撤退し解散。UDトラックスも日本国内でのバス製造事業を終了している。
- ^ のちにブラジルの国鉄に相当するブラジル連邦鉄道へ併合。
- ^ ほぼ同型の車両が現地のサンタ・マチルジ工業ほかでも製造された。
- ^ 1978年に2等車、1980年から1983年にかけて3等車を製造・納入。後者は日本車両製造と住友商事の手により、のちに現地のインダストリ・クレタ・アピ社でノックダウン生産。
- ^ いすゞ自動車にOEM供給されていた製品がリコールに該当するかどうかは不明だった。
- ^ 社史『富士重工業50年史 1953-2003』年表には、対イスラエル輸出に関する記述がない。現地商社による販売だった為表向きは直接関与していないものとした、或いは富士重工業としてもともと輸出する計画は無かった、などの仮説がなりたつが、理由は不明である。
- ^ イスラエルとの取引を継続すると中東諸国でボイコットを受ける恐れがあったが、長年国内市場のみで販売されたスバル車にはこのリスクが無いという側面があった。
出典
- ^ コーポレートガバナンス - 株式会社SUBARU
- ^ 株式会社SUBARU 定款 第1章第1条
- ^ 構成銘柄一覧:日経平均株価 Nikkei Inc. 2021年10月8日閲覧。
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- ^ (2/2) 絶好調「スバル大変身」の原点は、トヨタからの“愛のムチ”だった - ビジネス+IT
- ^ “不正受給:富士重に補助金8億円返還処分”. 毎日jp (毎日新聞社). (2013年2月1日). オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。 2013年2月1日閲覧。
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- ^ 売れすぎスバルは一体どこまで拡大するのか 東洋経済オンライン 2016年4月1日
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- ^ 当社前会長起訴についてのコメント
- ^ 富士重工・川合会長逮捕——防衛産業の罠に墜ちた「名経営者」
- ^ 日刊スポーツアーカイブ 中島洋次郎元衆院議員、首つり自殺
- ^ SUBARU NEWS 当社の元社員が書類送検されたことについてのコメント
- ^ 自動車の安全性確保とリコール制度の改善に関する意見書
- ^ 失敗百選 ~富士重レガシィのアクセル緩まず、リコール隠し~
- ^ “サンバーのリコールについて”. SUBARU (2017年9月7日). 2020年1月25日閲覧。
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- ^ サンバーリコール62万台!! 国は過去2度、スバルに行政指導していた!!
- ^ サンバー大量リコールの舞台裏第2弾!!「事故は2013年7月に起きていた!!」
- ^ クリーンロボット部における不正行為について
- ^ スバルの新車投入は大丈夫か、今度は「燃費疑惑」で下請け動揺
- ^ スバル無資格検査、30年以上前からか 社長が認める
- ^ a b スバル 緊急記者会見、完成検査員問題でトヨタ「86」を含む直近3年間の全車種25.5万台をリコール。費用は50億円
- ^ 産経Biz 日産とスバル、無資格検査なぜ起こった?
- ^ スバル、法令順守意識薄く不正検査で報告書提出
- ^ スバル、排ガス測定値も改ざん 社長「企業風土根っこ」
- ^ スバル書き換え900台検査データ不正で報告書『日本経済新聞』2018年4月27日
- ^ スバル、ブレーキも改ざん 燃費改ざん1900台に『日本経済新聞』2018年9月28日
- ^ スバルでさらに検査不正の恐れ 9車種計約10万台に追加のリコール livedoor News 2018年11月5日
- ^ スバル、数十万台以上リコールへ エンジン部品に不具合 朝日新聞デジタル 2018年10月25日
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- ^ 富士重工業 吉永泰之社長インタビュー個性を失えば競争優位性も失うスバルの「トヨタ化」はしない | 週刊ダイヤモンド 企業特集 - ダイヤモンド・オンライン
- ^ 「スバルの逆張りHV トヨタ頼らぬ技術者の意地」『日本経済新聞』、2013年4月16日。2021年9月1日閲覧。
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- ^ Chaim Fershtman,Neil Gandal (1998年). “The effect of the Arab boycott on Israel: the automobile market” (PDF) (英語). The RAND Journal of Economics. 2019年6月11日閲覧。
昴
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