ベラルーシ語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/09 08:40 UTC 版)
ベラルーシ語 | |
---|---|
беларуская мова belaruskaja mova | |
話される国 |
ベラルーシ ポーランド ウクライナ リトアニア ラトビア ロシア エストニア |
地域 | 東ヨーロッパ |
民族 | ベラルーシ人 |
話者数 | 7,818,960人 |
言語系統 | |
表記体系 | キリル文字 |
公的地位 | |
公用語 |
ベラルーシ ポーランドポドラシェ県の一部 |
統制機関 | ベラルーシ国立科学アカデミー |
言語コード | |
ISO 639-1 |
be |
ISO 639-2 |
bel |
ISO 639-3 |
bel |
消滅危険度評価 | |
Vulnerable (Moseley 2010) |
東スラヴ語群に属しロシア語やウクライナ語に非常に近いが、ポーランド・リトアニア共和国内の地域であったことから本来は現在に比べ西スラヴ語であるポーランド語寄りの特徴を持っていた[1]。
言語名別称
- Belarusian
- ベロルシア語(Belorussian)
- Bielorussian
- Byelorussian
- 白ロシア語、白ロシヤ語(White Russian)
- White Ruthenian
文字
ベラルーシ語は現在キリル文字で表記される。キリル文字表記法としては1918年にブロニスラフ・タラシケヴィチによって規範化されたタラシケヴィツァと呼ばれる表記法と、1933年に制定されたロシア語風のナルコモフカ (наркамаўка ナルカマウカ)と呼ばれる表記法の2つが考案されており、現在の公式の正書法はナルコモフカをベースとしたものである。ベラルーシ語のキリル文字正書法は形態音韻論的なロシア語のものに比べて表音主義的なものとなっている。特に後述のアーカニエを表記上で区別するかどうかはロシア語とベラルーシ語の正書法において著しい違いとなっている。
また、キリル文字以外にもワチンカ (лацінка, Łacinka)と呼ばれるラテン文字表記が存在する[注釈 1]他、20世紀初頭まではタタール人によってアラビア文字で表記されていたこともある[2]。
А | Б | В | Г | Д | ДЖ | ДЗ | Е | Ё | Ж | З | І | Й | К | Л | М | Н | О | П | Р | С | Т | У | Ў | Ф | Х | Ц | Ч | Ш | Ы | Ь | Э | Ю | Я | ||||||||
а | б | в | г | д | дж | дз | е | ё | ж | з | і | й | к | л | м | н | о | п | р | с | т | у | ў | ф | х | ц | ч | ш | ы | ь | э | ю | я |
A | B | C | Ć | Č | D | DZ | DŹ | DŽ | E | F | G | H | CH | I | J | K | L | Ł | M | N | Ń | O | P | R | S | Ś | Š | T | U | Ŭ | V | Y | Z | Ź | Ž | ||||||
a | b | c | ć | č | d | dz | dź | dž | e | f | g | h | ch | i | j | k | l | ł | m | n | ń | o | p | r | s | ś | š | t | u | ŭ | v | y | z | ź | ž |
発音
現代ベラルーシ語の発音体系は、少なくとも44の音素(5つの母音と39の子音)を含むものである。子音は長子音化しうる。音素の総数については絶対的な合意のなされたものはなく、学者によっては稀にしか現れないような発音や条件異音を含むことがある[要出典]。
多くの子音は口蓋化の有無(硬母音と軟母音。後者は国際音声記号において記号 ⟨ʲ⟩ を用いて表現される)によって弁別される子音の対を形成しうる。そのような対の幾つかにおいては、調音点の変化が更に加わることがある(下記参照)。口蓋化が起こらず対をなさない子音も存在する。
母音
前舌 | 中舌 | 後舌 | |
---|---|---|---|
狭 | i | [ɨ] | u |
中 | ɛ[3] | ɔ | |
広 | a |
キリル文字 | ラテン文字 | IPA | 備考 | 単語例 |
---|---|---|---|---|
i | i | /i/ | 非円唇前舌狭母音 | лiст (葉) |
э[3] | e | /ɛ/ | 中舌中央母音(アクセントがない場合), 非円唇前舌半広母音 (アクセントがある場合) | гэты (これ) |
е | ie, je | [ʲe̞] | 直前の子音の口蓋化を伴う非円唇前舌中央母音 | белы (白) |
ы | y | [ɨ] | 非円唇中舌狭母音 | мыш (ネズミ) |
a, я | a | /a/ | 非円唇中舌広母音 | кат (死刑執行人) |
у, ю | u | /u/ | 円唇前舌狭母音 | шум (ノイズ) |
о, ё | o | /ɔ/ | 円唇後舌半広母音 | кот (ネコ) |
ロシア語同様、[ɨ]は独立した音素という訳ではなく、非口蓋化音の直後に発生する/i/の異音である[4]。
子音
ベラルーシ語の子音は以下の通り[5]。
唇音 | 歯茎音 歯音 |
そり舌音 | 舌背音 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
硬 | 軟 | 硬 | 軟 | 硬 | 軟 | ||
鼻音 | m | [mʲ] | n̪ | [n̪ʲ] | |||
破裂音 | p b |
[pʲ] [bʲ] |
t̪ d̪ |
k (ɡ) |
[kʲ] ([ɡʲ]) | ||
破擦音 | ts̪ dz̪ |
[ts̪ʲ] [dz̪ʲ] |
ʈʂ ɖʐ |
||||
摩擦音 | f v |
[fʲ] [vʲ] |
s z |
[sʲ] [zʲ] |
ʂ ʐ |
x ɣ |
[xʲ] [ɣʲ] |
接近音 (側面接近音) |
(w) | ɫ̪ | [l̪ʲ] | j | |||
ふるえ音 | r |
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/ɡ/および/ɡʲ/の出現は/k/および/kʲ/の逆行同化による有声化(例:вакзал [vaɡˈzal]「駅」)を除くと、いくつかの借用語に現れるのみである(例:ганак [ˈɡanak], гузік [ˈɡuzik])。通常は借用語においても固有語の場合と同様に摩擦音で発音される(例:геаграфія [ɣʲeaˈɣrafʲija]「地理」)。
音節末の/v/は[w]あるいは[u̯]のように発音され、二重母音を形成し、⟨ў⟩と表記される[6]。[w]は時に語源的に/l/に由来して現れることもある(例:воўк [vɔwk]「オオカミ」、スラヴ祖語の*vьlkъに由来)。ウクライナ語と同様に、動詞の過去時制においては/w/と/l/は交替することがある(例:ду́маў /ˈdumaw/「(彼は)考えた」 - ду́мала /ˈdumala/「(彼女は)考えた」)[7]。これは歴史的に見ればポーランド語におけるŁ(例:dumał「彼はじっと考えた」)と同様に-лの母音化に起因するものである。
長子音の表記例としては、以下のようなものが挙げられる。
- падарожжа [padaˈroʐʐa]
- ззяць [zʲzʲatsʲ]
- стагоддзе [staˈɣoddzʲe]
- каханне [kaˈxanʲnʲe]
- рассячы [rasʲˈsʲatʂɨ]
- ліхалецце [lʲixaˈlʲettsʲe]
- сярэднявечча [sʲarɛdnʲaˈvʲettʂa]
音韻交替
ベラルーシ語は表音主義的な正書法を採用しているため、しばしば表記上においても音韻交替が起こることがある。後述のアーカニエなどを除くと、次のような例が見られる。
- 母音уと子音ўの交替。母音や子音の連続を避けるため、母音前後のуがўに、逆に子音前後のўがуに、それぞれ交替することがある(快音調)[8]。
音韻的対応
ベラルーシ語の発音体系は、同じ東スラヴ語派に属するロシア語とウクライナ語の双方と非常に類似している。その中で顕著な違いとしては以下のようなものが挙げられる[9]。
- アーカニエ(аканне)、すなわちアクセントの置かれていない/o/と/a/の同化。同化された母音ははっきりとした非円唇前舌広母音[a]として発音される。これは軟子音や子音/j/の後ろにおいても同様である。標準ロシア語におけるアーカニエは硬子音の直後でのみ発生し、軟子音の後ろの/a//o/は/i/の方に同化する。ウクライナ語に至ってはアーカニエ自体が起こらない。ベラルーシ語ではロシア語と異なり、こうした発音の変化はつづりにも反映される[10]。
- イーカニエ(ロシア語における、アクセントの置かれていない/e/、並びに軟母音の後ろの/a//o/の/i/との同化)の欠落。その代わり、アクセントの置かれていない/e/は/a/と同化する[11]。
- ロシア語とは異なり、口蓋化した/ja/, /jo/, /je/ および /ji/における/j/音の後で発音を区切って強調するという現象は起こらない。すなわち、口蓋化した子音は常に口蓋化音となり、ロシア語のように口蓋化による発音の分離は起こらない。
- ツィェーカニエ[訳語疑問点](цеканне)とヅィェーカニエ[訳語疑問点](дзеканне):古東スラヴ語における/tʲ, dʲ/の発音はベラルーシ語では[tsʲ, dzʲ]の発音となる。このため、「十」を意味する語はロシア語がде́сять[ˈdʲesʲɪtʲ]、ウクライナ語がде́сять[ˈdɛsʲɐtʲ]、ベラルーシ語ではдзе́сяць[ˈdzʲɛsʲatsʲ]となる(ロシア語話者でもベラルーシ語のように音素/tʲ, dʲ/を破擦音のように発音する人は多いが、普遍的な現象という訳でもなく表記にも反映されていない)。
- /sʲ/および/zʲ/は相対的により強く口蓋化する。
- ロシア語の後部歯茎音には軟子音と硬子音(そり舌音)の双方が存在するのに対し、ベラルーシ語には硬子音しか存在しない[12]。
- /rʲ/の発音は硬音化しており、/r/と同化している。
- 標準ロシア語とは異なり、歴史的に/l/と発音されていた子音は他の子音の前では/v/と同化し[w]として発音されるようになった[11]。これは表記にも反映されており、「非音節的なu音」として知られるブレーヴェ付きу(ў)がベラルーシ語の正書法に取り入れられている。
- /ɡ/は子音弱化の結果として/ɣ/に変化している。これはウクライナ語やチェコ語、スロバキア語と共通しており、ロシア語やポーランド語とは異なる点である。
- スラヴ祖語における/e/の発音は、ベラルーシ語とロシア語においては硬子音の前で/o/に変化している。一例として、「緑」を表す語がベラルーシ語ではзялёны[zʲaˈlʲɔnɨ]、ロシア語ではзелёный[zʲɪˈlʲɵnɨj]となっているのに対し、ウクライナ語の場合はзеле́ний[zeˈlɛnɪj]という形となる。
注釈
出典
- ^ a b c 服部 2004, p. 136.
- ^ 服部 & 越野 2017, pp. 114–115.
- ^ a b Blinava (1991)
- ^ Mayo (2002:890)
- ^ Mayo (2002:891)
- ^ Young, S. (2006). "Belorussian". Encyclopedia of language and linguistics (2nd ed.).
- ^ Mayo (2002:899)
- ^ 黒田 1998, p. 68.
- ^ Sussex & Cubberly (2006:53)
- ^ 黒田 1998, pp. 98–99.
- ^ a b 黒田 1998, p. 99.
- ^ 黒田 1998, pp. 97–98.
- ^ カセカンプ 2014, p. 52.
- ^ Norman Davies, God's Playground - A History of Poland Volume II, p.3-p.59
- ^ 服部 & 越野 2017, p. 124.
- ^ 服部 & 越野 2017, pp. 122–123.
- ^ 服部 & 越野 2017, p. 128.
- ^ 服部 2004, p. 137.
- ^ Беларуская мова. Энцыклапедыя. Пад рэд. д.ф.н., праф. А.Я.Міхневіча. Мн., "Беларуская энцыклапедыя" імя Петруся Броўкі, 1994. c. 55
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