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おおおく おほ― 3 1 【大奥】

江戸城の、将軍夫人側室女中たちの居所将軍以外は男子禁制であった。


歴史民俗用語辞典

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大奥

読み方:オオオク(oooku)

江戸城内で将軍正妻御台所側室、および奥女中居室があった区画



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大奥

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 11:05 UTC 版)

大奥(おおおく)は、江戸城に存在した将軍家の子女や正室奥女中(御殿女中)たちの居所[1]

千代田之大奥 歌合 橋本(揚州)周延画

  1. ^ 「大奥」はまた、江戸時代大大名家の奥向の別称でもある。東海道二川宿の「御休泊記録」には、薩摩藩の奥女中を「薩州奥女中」や「薩州大奥女中」などと記している。一説によれば、中奥あるいはそれに類する空間が存在する場合、それと区分するために「大奥」という名称が用いられたと唱えられている。
  2. ^ 文久3年(1863年)の火災で本丸は焼失して再建されなかったため、明治維新まで西丸が本丸の代わりとして用いられた。大奥も西丸に増築されたという。
  3. ^ 江戸城 大奥御殿向惣絵図(色彩図):妻木文庫 日本建築学会 日本建築学会図書館蔵
  4. ^ 文書における桂昌院の名前は御台所・鷹司信子よりも先に銘記されており、官位面でも信子より上であった。
  5. ^ 自身の生前には正式な側室として認められていない。
  6. ^ もっとも、江戸城以外の奥向には取締という役名が存在した可能性がある。畑尚子著「徳川政権下の大奥と奥女中」では、水野家老女・千代山が万延元年に奥向取締になったことが述べられている
  7. ^ 姉小路については、将軍家慶とのただならぬ関係を主張する説も存在している


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