あべ 静江
芸名 | あべ 静江 |
芸名フリガナ | あべ しずえ |
性別 | 女性 |
生年月日 | 1951/11/28 |
星座 | いて座 |
干支 | 卯年 |
血液型 | A |
出身地 | 三重県 |
身長 | 158 cm |
体重 | 42 kg |
URL | https://abe-shizue.com/ |
ブログURL | https://ameblo.jp/abe-shizue/ |
デビュー年 | 1973 |
靴のサイズ | 22.5 cm |
プロフィール | 在学中、名古屋で東海ラジオのDJを担当していた頃にスカウトされたのがきっかけで芸能界入り。1973年、シングル『みずいろの手紙』が大ヒットを記録。清純派アイドル歌手として人気を博す。同年レコード大賞新人賞受賞。1974年、TBS『真夜中のあいさつ』で女優デビュー。翌年映画『トラック野郎』でスクリーンデビューを果たす。以後、映画・ドラマ・バラエティー・CM・歌手など多方面で活躍。著書に『あら、やせちゃった!』がある。日本歌手協会 理事。趣味は家電雑貨のコレクション、ビーズストラップ作り、携帯電話。みえの国観光大使、松阪市ブランド大使としても活躍。 |
デビュー作 | シングル『コーヒーショップで』 |
代表作品1年 | 1973 |
代表作品1 | CDシングル『みずいろの手紙』 |
代表作品2年 | 2009 |
代表作品2 | ライブ・コンサート『同窓会コンサート』 |
代表作品3年 | 2013 |
代表作品3 | CDアルバム『あべ静江アンソロジー~Memories for 40years~』 |
職種 | 俳優・女優・タレント/音楽 |
趣味・特技 | 家庭雑貨/ビーズストラップ作り/ブログ |
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あべ静江
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/04 07:23 UTC 版)
あべ 静江(あべ しずえ、本名:阿部 静江(読み同じ)[1]、1951年〈昭和26年〉11月28日[2] - )は、日本の歌手、女優。三重県松阪市中町出身[3]。血液型はA型。高田高校卒業、東海学園女子短期大学(後年の東海学園大学短期大学部)中退。独身。
注釈
- ^ 大正元年創業で羽織紐、帯揚げ、帯締めなどの和装小物、化粧品などを扱っていた[19][20]。
- ^ 幼いあべが日常のちょっとしたことで判断を迷うと、祖父から「自分で決めてから出直して来なさい」といつも言われていた。
- ^ 日中働きながら懸命に学ぼうとしている年上の同級生たちを目の当たりにし、何となく学生生活を送っている自分を恥じた。
- ^ 狂言の講師は、和泉流十九世宗家・和泉元秀(和泉元彌の父)だった。
- ^ チェリッシュを脱退した奥山敬造と、つボイノリオによるバンド。
- ^ 先述の通り事務所関係者を含めてあべや財津和夫が同じ飛行機で海外に旅立ち、後日再び皆で同じ飛行機で空港に降り立った。しかし慰安旅行とは知らない財津の女性ファンたちから、“2人だけで旅行に行った”と勘違いされたという。噂になった頃あべは「財津さんみたいな華やかな方とまさか噂になるなんて光栄です」、財津は「いえいえ、こちらこそ(笑)」と会話したという[4]。
出典
- ^ a b c “し〜ちゃん”. Amebaブログのあべ静江のプロフィールより. 2022年3月1日閲覧。
- ^ a b c d 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、19頁。NDLJP:12276264/10。(要登録)
- ^ 「みずいろの手紙」刊行 あべ静江さん半生つづる 夕刊三重が出版夕刊三重. (2016年6月21日)2016年6月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 週刊現代2022年3月5日号「私の地図」第511回・あべ静江p78-80
- ^ 「あべ静江インタビュー」『深夜放送ファン』1974年1月号、自由国民社、47頁。
- ^ a b c d e 「弁論大会に燃えた高校時代」毎日新聞2014年6月30日、13頁(「学校と私」)
- ^ a b “あべ静江が脳梗塞で緊急搬送 収録でスタジオ入るも番組Pが中止判断、入院も意識はっきり快方へ”. 日刊スポーツ (2022年3月20日). 2022年3月20日閲覧。
- ^ "あべ静江「前後の記憶がない」脳梗塞からの復帰、"4股"ギタリストとのスキャンダル、代表曲『みずいろの手紙』への葛藤、50年かかって気づいた宝物を語る". 週刊女性PRIME. 主婦と生活社. 18 March 2023. 2023年3月18日閲覧。
- ^ “「ドラクエとSNSに夢中」 歌手・あべ静江が語る充実の「おひとりさま」生活”. デイリー新潮 (2021年10月5日). 2023年4月25日閲覧。
- ^ “脳梗塞のあべ静江が回復 リハビリ専門の病院へ転院”. サンスポ (産経デジタル). (2022年4月12日) 2022年4月12日閲覧。
- ^ “軽度の脳梗塞で入院していたあべ静江が10日に退院 16日の〝歌の祭典〟で復帰”. サンスポ (産経デジタル). (2022年5月10日) 2022年5月10日閲覧。
- ^ a b 新・津市人物伝 【香良洲町】 「伊勢新聞」の創業者 松本 宗一三重ふるさと新聞(2013年6月6日 AM 4:55)
- ^ a b 鏡開きや歌声で祝う 本紙創刊140周年の祝賀会、あべ静江さんゲスト出演 三重伊勢新聞.(2018-01-18)
- ^ a b 歌手・女優 あべ静江さん 歌で人に希望を与えた母東京新聞.(2018年1月28日付)
- ^ a b あべ静江、家に閉じこもりストライキ!名曲『みずいろの手紙』を歌うことに抵抗した理由テレ朝POST(2018.04.24)
- ^ a b c d e “あべ静江『みずいろの手紙』は「男性依存の歌」と“収録拒否”、10年封印し続けた過去”. 週刊女性PRIME. 主婦と生活社 (2021年6月26日). 2021年6月28日閲覧。
- ^ 東海ラジオ放送『東海ラジオ放送二十年史』(東海ラジオ放送、1979年11月20日)233頁
- ^ あべ静江有名人データベース PASONICA JPN
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- ^ 2009年7月15日にCD版がリリースされた(規格品番:PCCS-00072)。
- ^ 2009年7月15日にCD版がリリースされた(規格品番:PCCS-00073)。
- ^ 2008年7月16日にCD版がリリースされた(規格品番:PCCS-00030)。
- ^ 松本恒之助『人事興信録』データベース
- ^ 松本宗吾『人事興信録』データベース
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