グダニスク【Gdańsk】
グダニスク
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グダニスク(ポーランド語: Gdańsk IPA: [ɡdaɲsk] ( 音声ファイル))は、ポーランドの都市。バルト海南部に面するポモージェ(ポメラニア)地方東部に位置し、グダニスク湾を擁するポーランド最大の港湾都市であり、ポモージェ県の県都である。
- ^ 平木啓一「新・世界貨幣大事典」P489 ダンツィヒの硬貨と標語
- ^ a b ポーランド政府観光局公式サイト「クダンスク」
- ^ a b “Aleksandra Dulkiewicz prezydentem Gdańska. Podano oficjalne wyniki”. TVN24 (2019年3月4日). 2019年4月19日閲覧。
- ^ グダニスク市役所グダニスク推進局「グダニスクの見所」
- ^ Gduńsk wymowa: jak wymówić Gduńsk w kaszubski(グダニスクのカシューブ語発音)
- ^ “日本大百科全書(ニッポニカ)の解説”. コトバンク. 2018年2月17日閲覧。
- ^ Hess, Corina (2007). Danziger Wohnkultur in der frühen Neuzeit. Berlin-Hamburg-Münster: LIT Verlag. p. 41. ISBN 3-8258-8711-1.
- ^ Cord Meckseper: Kleine Kunstgeschichte der deutschen Stadt im Mittelalter. Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft 1982, S.199.
- ^ 岡田朝雄・リンケ珠子『ドイツ文学案内 増補改訂版』朝日出版社 2000 (ISBN 4-255-00040-9)、128-129頁、319-320頁。
- ^ 暴動、各地へ波及 デモへ発砲許可命令『朝日新聞』1970年(昭和45年)12月18日夕刊 3版 1面
- ^ “リベラル系市長、男に刺され死亡 ポーランド”. 朝日新聞6面. (2019年1月15日) 2019年4月19日閲覧。
- 1 グダニスクとは
- 2 グダニスクの概要
- 3 名称の表記について
- 4 教育
- 5 脚注
グダニスク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/05 15:52 UTC 版)
アレクサンダー・ワースの著書『Russia at War 1941 to 1945』で、彼は1945年に赤軍によって解放されたグダニスクを短期間訪れ、街の郊外に人間の死体から石鹸を作る実験工場を見たと記録している。ワースは「スパナーというドイツ人博士」が稼働させていたもので、「悪夢のような光景だった。タンクの中身は液体に浸かった人間の頭や胴体だった。そしてバケツの中身は、薄片状の物質——人間石鹸——だった」と書いている。 ニュルンベルク裁判では、ジークムント・メイザーというダンツィヒ解剖学研究所の助手が収容所で死体の脂肪から作った石鹸のテストをしており、40体の死体から集めた70から80 kg の脂肪で25 kg 以上の石鹸を製造することができ、完成した石鹸はルドルフ・スパナーという博士が保有していたと述べている。目撃証人には収容所の建設に従事させられたイギリス人収容者やグダニスク薬学校毒性学部長スタニスワフ・ビツコフスキー (Stanislaw Byczkowski) 博士が含まれていた。ホロコーストの生き残りであるトーマス・ブラットは、この件を調査し、具体的な文書がほとんど見つからず、人間の脂肪から石鹸が大量生産されたという証拠はないとした。しかし、石鹸を作る実験の証拠はあったとしている。
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グダニスク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/05 01:01 UTC 版)
「ジャズ (路面電車車両)」の記事における「グダニスク」の解説
ポーランド・グダニスク市内を走るグダニスク市電では、5車体連接式のジャズが使用されている。これは2013年に導入契約が成立したもので6 ‰の勾配を最大600 m走行可能な性能を有し、「128NG」と言う形式名を有している。車体デザインはワルシャワ市電向けの128Nとは異なり、流線形状の前面を有している。従来の高床式車両(コンスタル105Na等)の置き換えやバリアフリーの向上を図るため2014年から翌2015年にかけて5両が製造され、同年1月29日から営業運転に用いられている。 一方、これらとは別に2018年にグダニスク市電を運営するグダニスクバス・路面電車会社(GAiT)(ポーランド語版)はペサとの間に新たな「ジャズ」を導入する契約を交わし、翌2019年にはオプション権を行使する形で15両の追加発注を実施した。基本構造は128NGに基づいているが、運転台へのAEDの完備、座席への充電用USBポートの設置など快適性や安全性の向上が図られている。当初は2019年1月から導入が開始される予定だったが実際はそれよりも遅れた同年7月から営業運転を開始し、翌2020年までに全30両が納入される予定である。これらの車両のうち初期発注分15両の最終車両として6月に導入された車両は、グダニスクに拠点を置くサッカークラブのレヒア・グダニスク設立75周年を記念し、緑色を基調とした塗装となっている。 主要諸元両数編成運転台全長全幅全高着席定員定員軌間備考・参考5両(128NG)30両(増備車) 5車体連接車 両運転台 29,700mm 2,400mm 3,400mm 28人 207人 1,435mm
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グダニスク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 05:22 UTC 版)
詳細は「グダニスク」を参照 ポモージェ県の県都で、県内最大の都市。グダニスク湾に望む。ドイツ名ダンツィヒ(Danzig)。1440年よりポーランド王の庇護を受けたプロイセン同盟の都市で、1466年よりポーランド王領プロイセンの都市として発展、1569年よりポーランド王国に正式加盟して1772年までポーランド王国領。グダニスク湾にある岬のヴェステルプラッテは第二次世界大戦勃発の地で、ここからナチス・ドイツによるポーランド侵攻が始まった。戦争末期にドイツ軍とソ連軍の激しい戦闘により破壊された歴史地区は戦後ポーランド市民の手で完全に復元された。社会主義体制を終結させたポーランド民主化運動の中心地でもあった。歴史地区と民主化運動関連施設はユネスコ世界遺産の暫定リストに登録されている。近郊のグディニャ、ソポトとともに「三連都市(Trójmiasto)」を形成する。グダニスクとスウェーデンのストックホルム近郊のニーネスハムン(Nynäshamn)との間でフェリーが運航している。市公式サイト(英語・ポーランド語)あり。(下記「グディニャ」と「ソポト」の項を参照) 聖マリア教会と街並み ドゥーギ広場 ドゥーギ広場 ドゥーギ広場 アーサー王の家 旧市庁舎の大時計と日時計 自然科学協会 自然科学協会 ペルプリン大修道院長の館 黄金の門 緑の門 緑の門の建物 ネプチューンの噴水 ネプチューンの噴水 ヤン3世ソビエスキ王の礼拝堂 ヤン3世ソビエスキ王の礼拝堂のヤン3世ソビエスキ王の王冠のレリーフ マリア通り マリア通りから聖マリア教会を望む 旧兵器庫 拷問所 拷問所 バザール モスク オールド・ゲート スモール・タワー モトワヴァ運河の木造クレーン モトワヴァ運河 モトワヴァ運河の遊覧船 ドラゴンボートレース 穀倉島 ヨハネ・パウロ2世巡礼記念碑 民主化運動記念碑(グダニスク造船所) グダニスク工科大学 戦争記念碑(グダニスク・ヴェステルプラッテ) ポーランド軍守備隊兵舎跡(グダニスク・ヴェステルプラッテ) 海水浴場(グダニスク・ブジェジノ) 海水浴場の近くの住宅地の小道(グダニスク・ブジェシノ)
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グダニスク
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「デュワグM/N形電車」の記事における「グダニスク」の解説
路線の地下化の進展に伴い2007年以降ドルトムント(ドイツ語版)からグダニスクへ譲渡された車両は、座席の交換、前面の更新および運転台部分の空調装置の搭載、中間車体の低床車体への交換などの改造を施したMF 01(Moderus Beta MF 01)への近代化工事が行われた。営業運転開始は2009年5月19日からで、2012年までに46両が改造された。 また2014年から2015年にかけてカッセル(ドイツ語版)から譲渡された12両に際して、上記に加え車内の冷暖房の追加、照明のLED照明への変更を実施したMF 18(Moderus Beta MF 18)への改造が行われている。 形式名改造年総数編成軌間全長全高全幅自重最高速度出力定員備考MF 01 2009-2012 46両 3車体連接車 1,435mm 26,640mm 2,330mm 3,650mm 35.75t 70km/h 300kw 226人(着席54人) 諸元はに基づく。 モデルス・ベータ MF 01 運転台 車内
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グダニスク
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シタディス100のうち、最初に製造されたのはグダニスク市電向けのNGd99である。車体設計が116Nから大幅に変更されており、前後車体にある乗降扉は右側面2箇所から3箇所に増設され、車端には片開き式の扉が存在する。これにより混雑時の乗客の流動性が大幅に短縮されている他、全長も26,600 mmに伸びている。 1999年に4両の発注が行われ、2000年5月までに全車両の納入が完了した。これらの車両には1001 - 1004の車両番号が付けられており、2016年には一部車両に対して機器の交換や内装の変更を中心としたリニューアル工事が行われている。 車内 左側面には乗降扉が存在しない(2011年撮影) リニューアル工事を受けた車両は塗装が変更されている(2019年撮影)
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