ラテン文字 成立

ラテン文字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/16 05:51 UTC 版)

成立

個々のラテン文字の成立について詳細は、該当する文字ごとの記事も参照されたい。

フェニキアアブジャドを受け継ぐ4種の音素文字の比較。左からラテン文字、ギリシア文字、元になったフェニキア文字ヘブライ文字アラビア文字

イタリア半島に、のちにローマ人と呼ばれるようになるラテン人という部族が棲みついていた[注 7]紀元前7世紀頃の古ラテン語の時代にラテン人は、紀元前1千年紀頃から同じくイタリア半島で現在のイタリア中部に棲みついていたエトルリア人ギリシア人などの部族から文字を採り入れた。

西方ギリシア文字から借用・派生し、古イタリア文字群へ至る歴史の流れにあって、ラテン人はクマエ文字から4字を除いて取り入れた。またエトルリア文字からは「𐌅 /v/」を採り入れて「F /f/」の音に用い、また、3箇所の屈曲がある「𐌔」を採り入れて現在の「S」の形にした。そして「ギリシア語のG音」と「エトルリア語K音」を表すのには現在のCの字のような形の「𐌂 (: Γ)」を用いた。こうして生まれたアルファベット21文字は、「GJUWYZ」がないなど、現代のラテン文字とは多少の違いがある[20]

このローマ人のアルファベットには、/k/の音を表す文字が「CKQ」の3つあり、このうち「C」は、/g/の音の表記にも用いた一方、ラテン語では当時、用いることのなかった現在の「Z」を表す「𐌆」が、アルファベットの文字表における現在の「G」の位置へ一時的に取り入れられた。その後、ローマ人は「C」にステムとも称されるヒゲをつけることで「G」を作りだし、当時のローマ人が用いない「Z」の代わりに、現在の位置と同じ「F」と「H」の間に置いた。

もっとも古いラテン文字の成立から数世紀を経て、紀元前3世紀アレクサンドロス3世地中海沿岸地域の東部とその周辺を征服した後、ローマ人はギリシア語の語彙を借用するようになり、それにともない以前は必要でなかった文字が借用語とともに再び輸入された。具体的には、東方ギリシア文字から「Υ」と「Ζ」を借用したが、あくまでギリシア語からの借用語を記述する事にしか使わなかったため、追加文字として文字表の最後に置いた[20]。なお、この時代には小文字は開発されておらず、文章はすべて大文字で書かれていた。

書体の移ろいを簡易化して示した図。次第に大文字から小文字へと近づいていくことが確認できる。

ラテン文字を表すため、様々な書体が流行したが、3世紀ごろにはアンシャル体と呼ばれる書体が広く使用されるようになり、さらにそれから半アンシャル体と呼ばれる書体ができた。これらの書体は、元となったの大文字からはやや離れた形をしていたが、各地で広く使用されるなかで書体の乖離が激しくなったため、あらためて相互に通じる統一された書体を制定する必要になっていた。そこで8世紀頃にカロリング朝フランク王国カール大帝の庇護を受けたカロリング小文字体が普及した。このカロリング小文字体は、フランク王国のみならずラテン文字圏全体で広く使用されるようになったが、一方で従来の大文字もそのまま残存しており、これが大文字のほかに小文字が新しく成立する起源となった[21]

ブリテン島アングロ・サクソン語は、11世紀ノルマン人による制圧を受けた後、ラテン文字でも表記されるようになった。古くは、/w/の音を表すためにルーン文字に由来する「Ƿwynn、ウィン)」を用いたこともあるが、音の異なる「P」に似ていたために混同されやすく、結局、/w/の音は現在の「U」を2つ並べた二重音字の「UU(英: double Uダブル・ユー)」として表すように戻った。

この頃の「U」の形がVの字であったため、実際の字形はVを2つ並べた「VV」の形となり、追加文字としてWは、文字表において「V」の次に置かれた。なお、ロマンス諸語においては、この「W」を「2つのV」の意味する名称で呼ぶ[20]

また、丸みのある「U」で母音を表し、子音のときは「V」を用いるようになった。また「J」は、当初「I」の異字体であり、いくつか「I」が並ぶときの「最後のI」に長い尾のようなヒゲをつけたものだった。15世紀頃から、子音には「J」を、母音には「I」を用いるようになり、17世紀半ばには一般的になった[20]


注釈

  1. ^ なお、他の言語に対し同様の表現が使われることはまれであり、たとえば漢字略称で「仏語」とされるフランス語の表記に用いても、フランス語で用いていることを強調しない場合は「仏字」などとは呼ばない。したがってフランス語で書かれていることがさほど重要ではない場合、ひとまとめに「英字」と称することさえ珍しくない。
  2. ^ なお、ギリシャ文字の文字数は22文字、現代ギリシャ語においても24文字とさらに少ない。
  3. ^ ルーマニアの語源は「ローマの」といった意味であり、ラテン文字を用いる。
  4. ^ なお、モルドバ語は1996年モルドバ共和国の公用語ではなくなり、名称が違うだけで同じ言語ともされるルーマニア語が現在のモルドバ共和国の公用語である。
  5. ^ たとえば、学校教育により訓令式に慣れた日本人にとって、ヘボン式の「」の表記「tsu」は、見慣れないことから日本人でさえ読みづらいことがあり、あるいはMicrosoft 日本語 IMEのローマ字入力に慣れたユーザーにとって、ヘボン式のラ行に「l」を用いる表記は、事前に断りがなければ小書き仮名文字の表記として誤読される可能性がある。
  6. ^ 主に教育現場において、児童が混乱するなどの理由から統一が求められている[18]。なお、この記事に関して「あくまで国語教育の中で行われるローマ字教育に対する問題を、英語教育が関係するとの誤解のもと書かれている」という指摘がある[19]
  7. ^ 特に紀元前338年に、第二次ラティウム戦争共和政ローマが勝利し、それ以前のラテン人にラテン市民権を与えたことで、ローマ共和国の人々としてラテン人はローマ人と呼ばれるようになる。
  8. ^ なお、ルーン文字に関しては、その多くがラテン文字に由来するとされるため、異字体が別の文字として追加されただけともいえる。

出典

  1. ^ 梶茂樹、中島由美林徹『事典世界のことば141』(初版第1刷)大修館書店、東京、2009年4月20日、266頁。ISBN 9784469012798NCID BA89745081 
  2. ^ 町田和彦『世界の文字を楽しむ小事典』(初版第1刷)大修館書店、東京、2011年11月15日、124-128頁。ISBN 9784469213355NCID BB07474128 
  3. ^ 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 編『図説 アジア文字入門』(初版発行)河出書房新社、東京、2005年4月30日、102頁。ISBN 9784309760629NCID BA71677265 
  4. ^ 町田和彦 編『図説 世界の文字とことば』(初版発行)河出書房新社、東京〈ふくろうの本〉、2009年12月30日、19頁。ISBN 9784309761336NCID BB00577235 
  5. ^ 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 編『図説 アジア文字入門』(初版発行)河出書房新社、東京〈ふくろうの本〉、2005年4月30日、105頁。ISBN 9784309760629NCID BA71677265 
  6. ^ 町田和彦 編『図説 世界の文字とことば』(初版発行)河出書房新社、東京〈ふくろうの本〉、2009年12月30日、61頁。ISBN 9784309761336NCID BB00577235 
  7. ^ a b 柴宜弘 著、柴宜弘 編『バルカンを知るための66章』(第2版第1刷)明石書店、東京〈エリア・スタディーズ〉、2016年1月31日、272頁。ISBN 9784750342986NCID BB20639903 
  8. ^ 柴宜弘 著、柴宜弘 編『バルカンを知るための66章』(第2版第1刷)明石書店、東京〈エリア・スタディーズ〉、2016年1月31日、269-270頁。ISBN 9784750342986NCID BB20639903 
  9. ^ 宇山智彦 著、宇山智彦 編『中央アジアを知るための60章』(初版第1刷)明石書店、東京〈エリア・スタディーズ〉、2003年3月10日、104頁。ISBN 9784750331379NCID BB01243734 
  10. ^ Zhang, Lintao「カザフスタンが表記文字を変更、ロシア文字からローマ字へ」『Reuters』(ロイター)、2017年10月30日。2023年9月18日閲覧。オリジナルの2023年4月19日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ ローマ字化、是か非か=旧ソ連のカザフで論議」『Yahoo!ニュース』(時事通信社)、2017年6月21日。2017年6月21日閲覧。
  12. ^ ローマ字化、是か非か=旧ソ連のカザフで論議」『Yahoo!ニュース』(時事通信社)、2017年6月21日。2017年6月21日閲覧。
  13. ^ ヨシダユミコ「カザフスタンで文字が変わる?」『Global News View』、2023年9月19日。2018年1月25日閲覧。オリジナルの2023年6月1日時点におけるアーカイブ。
  14. ^ 教育改革から70年=保阪正康」『毎日新聞』(毎日新聞社)、2017年1月14日、朝刊。2023年9月19日閲覧。オリジナルの2021年6月16日時点におけるアーカイブ。
  15. ^ 保阪正康「日本人から漢字を取り上げ、ローマ字だけにする」戦勝国アメリカが実行するはずだった"おそろしい計画"」『プレジデントオンライン』(プレジデント社)、2022年12月30日、3-4面。2023年9月19日閲覧。オリジナルの2023年9月19日時点におけるアーカイブ。
  16. ^ ローマ字のつづり方”. 文部科学省. 文部科学省 (1955年12月9日). 2019年11月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月19日閲覧。
  17. ^ 吉田茂. “ローマ字のつづり方”. 文化庁. ローマ字のつづり方. 文化庁. 2023年9月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月18日閲覧。
  18. ^ 伊澤拓也「<ローマ字>表記で混乱 英語教科化、教員ら「一本化を」」『Yahoo!ニュース』(毎日新聞社)、2017年3月21日。2023年9月19日閲覧。オリジナルの2017年3月22日時点におけるアーカイブ。「教育現場から「どちらかに一本化してほしい」との声も上がっている」
  19. ^ 寺沢拓敬「〈ローマ字〉表記による混乱」という報道の混乱ぶり(寺沢拓敬) - エキスパート」『Yahoo!ニュース』、2017年3月22日。2023年9月19日閲覧。オリジナルの2023年9月19日時点におけるアーカイブ。「ローマ字は日本語の話であって英語教育の話ではない」
  20. ^ a b c d Khalaf, Salim. “The Phoenician Alphabet” (英語). Encyclopedia Phoeniciana. Salim George Khalaf. 2023年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月14日閲覧。
  21. ^ 町田和彦 編『世界の文字を楽しむ小事典』(初版第1刷)大修館書店、東京、2011年11月15日、255頁。ISBN 9784469213355NCID BB07474128 
  22. ^ 日本語での各文字の名称は『広辞苑』第五版、岩波書店、1998年に拠る。
  23. ^ 編、赤羽美鳥, 澤田治美 訳(フランス語)『世界の文字の歴史文化図鑑 : ビジュアル版 : ヒエログリフからマルチメディアまで』(第1刷)柊風舎、東京、2012年4月15日、284-285頁。ISBN 9784903530574NCID BB09123769 






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