ホウ素
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用途
ホウ素が単体で使用されることは少ないが、化合物や合金の形でさまざまに利用されている[108]。
身近な用途で使用される場合は、ホウ砂やホウ酸の状態であることが多い。ホウ砂はガラスの原料や防腐剤、金属の還元剤、溶接溶剤や研磨剤、火の抑制剤などに使われ、教育の現場では、ホウ砂と洗濯糊などを用いてスライムを作成する子ども向けの科学実験工作がしばしば行われる[109]。ホウ酸塩や過ホウ酸塩は目の洗浄剤[110]、うがい薬や鼻スプレーなど口腔衛生のための医薬品[111]、ホウ酸団子としてゴキブリ駆除[112]などに使われる。
ガラスおよびセラミックス
ガラスはホウ素の主要な用途の一つであり、2011年におけるホウ酸塩消費量のおよそ60 %がガラス繊維を含むガラス用途であった。ホウケイ酸ガラスは一般的に5–30 %の酸化ホウ素を含んでおり、熱膨張率が低いため熱衝撃に対する耐性が高い。また、ホウ素をガラスに添加することで溶融状態におけるガラスの流動性が向上するため、ガラスを成型する際の生産性が向上する[113]。ホウケイ酸ガラスの主要な商標としてデュランおよびパイレックスがあり、熱衝撃に対する抵抗性を利用して主に実験用のガラス器具や、一般用の調理器具、耐熱皿などに用いられる[114]。
ホウ素繊維(ガラス長繊維)は軽量かつ高強度であるため、繊維強化プラスチックのような複合材料の強化材として利用される。主に航空宇宙分野における構造体に用いられ、一般消費者向けとしてはゴルフクラブや釣り竿のような一部のスポーツ用品にも使われている[115][116]。また絶縁材や耐火材としても用いられており、ガラス繊維用途のホウ素の消費量は全体のおよそ45 %に及ぶ[113]。このようなホウ素繊維は、化学気相蒸着法によってタングステン繊維の上にホウ素を堆積させることによって製造される[117][118]。
ホウ素繊維(ガラス短繊維)はグラスウールとして冷蔵庫や建材などにおいて断熱材として用いられる[50]。ガラス短繊維はレーザーアシストCVD法によって製造され、収束したレーザービームの並進によってサブミリメートルサイズの螺旋状のホウ素結晶のような複雑な構造さえも作り出すことができる。そのような構造は弾性係数450 MPa、剪断ひずみ3.7 %、破断応力17 GPaといった良好な機械的性質を示し、セラミックスもしくはMEMSの強化に用いることができる[119]。
音響機器
密度が小さく、ヤング率が大きく、音の伝わる速さが16200 m/sとアルミニウムの約2.6倍以上であることから、音響材料としてはベリリウム以上に理想的な素材として知られている[120]が、高融点かつ展延性が非常に低いため技術的に加工が難しい素材であり、実用化されたのは1980年以降である[121]。
- レコード針のカンチレバーにおいては品川無線[122]やオーディオテクニカ[123]、デノン[124]などより商品化されている。
- ダイヤトーンでは炭化ホウ素 (B4C) をスピーカーの高・中音域ユニットの振動板に用いている[125]。
- デノンはボロン長繊維を使用したボロンファイバー振動板を低域ユニットに使用していた。高域ユニットの振動板としても、αボロン化合物が使用されたが、チタンやジュラルミンベースに溶射する形を取っていた[126]。
半導体
ホウ素はケイ素、ゲルマニウム、炭化ケイ素などの半導体のドーパントとして用いられる。ホウ素は3つの価電子を有しているため、4つの価電子を有するケイ素のようなホスト原子中で電荷を運ぶ正孔として機能してP型半導体が形成される。古典的なホウ素のドープ方法としては、高温での原子拡散が利用されていた。このプロセスではホウ素源として固体の酸化ホウ素や液体の三臭化ホウ素、気体の三フッ化ホウ素やジボランなどを利用することができる。しかしながら1970年代以降、大部分はホウ素源として三フッ化ホウ素を利用するイオン注入法に取って代わられた[127]。三塩化ホウ素ガスもまた半導体産業において重要な化合物であるが、それはドープでなく金属および金属酸化物のプラズマエッチングのために用いられる[128]。トリエチルボランはホウ素源として化学気相成長の反応器に注入され、ホウ素を含有した硬質炭素膜やダイヤモンド膜(ダイヤモンドライクカーボン)、窒化ケイ素-窒化ホウ素膜などにおけるプラズマ堆積法に利用される[129]。
磁石
ホウ素は最も強い永久磁石の一つであるネオジム磁石 (Nd2Fe14B) を構成する元素の一つであり、ネオジム磁石中のホウ素の含有量は1 %ほどである。ネオジム磁石はさまざまな電子機器や電子デバイス、核磁気共鳴画像法 (MRI) のような医用画像処理システム、比較的小型な電動機およびアクチュエータに用いられている。たとえば、ハードディスクドライブやCDプレーヤー、DVDプレーヤーなどにおいては、ヘッド駆動機構を小型化するためにネオジム磁石が利用される。また、携帯電話向けにスピーカーを小型化するためにもネオジム磁石が用いられる[130][131][132]。
超硬度材料
いくつかのホウ素化合物は非常に高硬度であることで知られている。炭化ホウ素および立方晶窒化ホウ素の粉末は研磨剤として広く用いられており、また金属ホウ化物は化学蒸着もしくは物理蒸着法によって被覆材として用いられる。金属および合金にホウ素イオンを導入する方法としては、イオン注入法もしくは収束イオンビームによるイオンビーム堆積法、レーザ合金化法などが利用され、その結果として表面抵抗や微小硬さが著しく増加する。このようにホウ化物に被覆された素材はダイヤモンド被覆された素材に代わるものであり、それらホウ化物の表面はバルクのホウ化物と類似した性質を有している[133]。
炭化ホウ素
炭化ホウ素は、酸化ホウ素を炭素とともに電気炉で熱分解することによって得られるセラミックス材料である。
炭化ホウ素の構造はほぼB4Cのみであるものの、炭素量は化学量論比よりも明確に低い値を示す。これは炭化ホウ素の非常に複雑な構造に起因しており、炭化ホウ素はホウ素がB12クラスターとして存在しているB12C3の分子式で表される構造を取るものの、3つの炭素原子のうちの1つはホウ素原子に置換されやすいため、炭素原子数の少ない単位クラスターが混在した構造となる。また、正八面構造のB6クラスターも混在しており、炭素量が少なくなる要因となる。このような構造に起因して、炭化ホウ素は単位重量あたりの構造強さに優れている。そのため、炭化ホウ素は戦車などの装甲やボディアーマーのほか、多くの構造材として利用される。炭化ホウ素(特に10B)は、長寿命な放射性核種を生成することなく中性子を吸収する能力を有しているため、原子力発電所において発生する中性子線の吸収材として有用である。そのため、10B濃度を制御した炭化ホウ素が原子炉における遮蔽材や制御棒などに利用される。制御棒としての利用においてはその表面積を増やすためにしばしば粉末状で用いられ、また粉末を焼結させた円筒のペレット状でも用いられる[134][135]。
その他の超高硬度ホウ素化合物
- ヘテロダイヤモンドはBCNとも呼ばれ、ダイヤモンドの高硬度と立方晶窒化ホウ素の優れた耐熱性を併せ持つ多結晶材料である[136]。鉄と反応しやすいダイヤモンドとは異なり鉄との反応性が低いことから、研磨剤としての有用性が期待されている[137]。
- 窒化ホウ素は炭素と等電子的であり、六方晶窒化ホウ素 (h-BN) はグラファイトに類似した六角形構造を、立方晶窒化ホウ素 (c-BN) はダイヤモンドに類似した構造を取る。h-BNは高温領域で用いられる構造材や潤滑油に利用される。c-BNは優れた研磨剤として利用され、ボラゾンの商標で知られている[138]。c-BNはダイヤモンドに次ぐ硬度を有しており、化学的安定性はダイヤモンドよりも優れている[139]。
- 二ホウ化レニウム (ReB2) は大気圧下で容易に生産することが可能な超高硬度材料である[140]。ReB2の硬さはその六角形の層状構造に起因してかなりの異方性を示す。その硬さは炭化タングステンや炭化ケイ素、チタン、二ホウ化ジルコニウムなどに匹敵する。その高硬度かつ高融点な性質から、高温領域で用いる構造材などの用途が検討されている[141]。
- ホウ化アルミニウムマグネシウム-ホウ化チタン複合材料 (AlMg14-TiB2) は高硬度かつ耐摩耗性に優れた性質を有しており、高温や磨耗に晒される構造材のための被覆材もしくはバルクのままで利用される[142]。
素材 | ダイヤモンド | 立方晶-BC2N | 立方晶-BC5 | 立方晶-BN | B4C | ReB2 |
---|---|---|---|---|---|---|
ビッカース硬さ (GPa) | 115 | 76 | 71 | 62 | 38 | 22 |
破壊靭性(MPa m1/2) | 5.3 | 4.5 | 9.5 | 6.8 | 3.5 |
建築
ホウ素系薬品で処理をした古新聞紙が、「セルロースファイバー」という名称で断熱材として使用される。吸湿性を持つ天然繊維系断熱材として注目されている。ホウ素系薬品で処理することにより、撥水性、難燃性、駆虫作用が得られる。日本の大手ハウスメーカーで採用例は少ないが、アメリカでは家庭用断熱材の40 %前後のシェアを占める[145]。充填工法で施工されるために、専門の吹き込み用機器が必要なこと、改築の際に壁・天井に充填されたセルロースファイバーが障害になる、吹き込み後の沈み込みの可能性などの問題を指摘する声がある[146]。
原子力
ホウ素の同位体のうち10B は非常に大きな中性子吸収断面積を持つ。この特性を生かし、原子炉内において中性子の吸収のため制御棒に使用される[147]。化合物であるホウ酸は一次冷却水に溶かし込んで加圧水型原子炉の余剰反応度制御に使われる[148]。微量のホウ素添加を行った金属による放射性物質運搬容器も使用される[149]。
有機化学
ホウ素の有機化学への利用はH・C・ブラウンによって系統的に研究が行われ、ブラウンはその業績によって1979年にノーベル化学賞を授与された。ブラウンの研究した還元剤としての水素化ホウ素ナトリウムやヒドロホウ素化は、現在でも有機合成上、盛んに利用されている。ブラウンの研究室で学んだ鈴木章もまた、有機ホウ素化合物を用いた鈴木・宮浦カップリングの研究で2010年にノーベル化学賞を授与されている。この反応を利用すると多様な変換が可能になるため、有機ホウ素化合物は複雑な化合物の前駆体として利用されている[150]。
トリエチルボランは発火しやすく燃焼速度も早いため、ジェット燃料に利用される[151]。
生物
植物の必須元素の一つであり、98 %は細胞壁に存在することから、細胞壁の合成、細胞膜の完全性の維持、糖の膜輸送、核酸合成、酵素の補酵素などに関係していると予想されているが、まだ解明されてはいない[152]。植物中でホウ素輸送を行う物質は2002年(平成14年)に初めて同定された[153]。
一方、高濃度のホウ素は植物の成長を阻害する[154]ため、土壌中のホウ素含有量が高いオーストラリア南部などでは農業が困難となっている[155]。植物の遺伝子を改変することで、ホウ素耐性を持たせる研究が進められている[156]。
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