量子統計力学
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量子統計力学(りょうしとうけいりきがく、 英: Quantum statistical mechanics)とは、量子力学的な系を扱う統計力学の手法。統計力学の基礎づけは量子力学に拠っているため、広義には統計力学一般を意味し、狭義には古典近似を用いないモデルを指す。対義語は古典統計力学。
古典統計力学と量子統計力学
量子統計力学に対し、古典力学に従う系の統計力学を特に古典統計力学という。例えば、常温付近での不活性気体の統計力学は、最も簡単には分子間相互作用のない理想気体モデルがあり、相互作用のあるモデルでは、二体間ポテンシャルを剛体球ポテンシャルにカッツ・ポテンシャルを加えたものや、レナード-ジョーンズ・ポテンシャルで近似するモデルがあるが、いずれにせよ古典近似による古典統計力学でよい。このことは、気体分子の統計がボルツマン分布に従い、その速度分布がマクスウェル-ボルツマン分布になることによって保証される。ほとんどすべての場合、気体や液体は、原子間ないし分子間相互作用を与えてしまえば、そのポテンシャルの下で古典力学に従う原子ないし分子の集団として扱ってよい。すなわち、物質の多くの現象は古典論に基いて説明することができる。これに対し、金属内の伝導電子や液体金属の電子集団、半導体内の電子や正孔の集団は、量子統計力学によって記述されなければならない。また、超流動ないしその近くでの 4He の集団や、1 K 前後より低温での液体 3He なども、量子統計力学による記述を必要とする。ただしこのことは、それらの系に対して直ちに古典統計力学が無力になることを意味しない。例えば、金属結晶中の電気伝導は古典的な自由電子気体モデル (ドルーデモデル) によって部分的に説明され、オームの法則やホール効果、ヴィーデマン=フランツ則は古典的な現象として理解することができる。
背景
熱放射・空洞放射
量子統計力学が物理学の世界に初めて登場したのは1900年、今日ではプランクの法則として知られる、マックス・プランクによる熱放射の理論で、これは実に量子力学が現在のような形式で認識される以前のことであった(光電効果がハインリッヒ・ヘルツによって発見されたのが1887年、アルベルト・アインシュタインの光量子仮説による説明が1905年。1924年のルイ・ド・ブロイによる物質波のアイデアに基づいて、ヴェルナー・ハイゼンベルクによる行列力学が1925年に発表、エルヴィン・シュレーディンガーによる波動力学が1926年に発表された。同年、シュレーディンガーは波動力学と行列力学が等価な理論であることを示している。また、ハイゼンベルクによる不確定性原理の発見は1927年の事である)。空洞の中に閉じ込められて、空洞の壁と熱平衡になっている電磁場(黒体放射)に古典統計力学を適用すると、エネルギー等分配の法則により、各単色光成分が平均としてはいずれも kBT なるエネルギーを持つことになる。ここで kB はボルツマン定数、T は壁の熱力学的温度を表す。しかしこれでは空洞内の電磁波のスペクトル分布がまったく実験と合わないばかりか、電磁場は無限に自由度を持っているため、空洞内のエネルギーも熱容量も無限大になってしまう。量子論では、振動数 ν の単色光成分は量子化されてエネルギーhν をもつ光子としてふるまい、光子はボース分布に従うので、この単色光成分のエネルギーの平均値は hν/(eβhν-1) となる。ここで、 β = (kBT)−1 は逆温度、また h はプランク定数である。これで分かるように、 hν ≫ kBT ⇔ βhν ≫ 1 を満たすような高い振動数の電磁波は、古典統計力学の記述から著しく外れる。
格子振動
同様な問題は、固体内の格子振動でも見られる。古典統計力学によると、線形近似の下で、各原子が平均して 3kBT だけのエネルギーをもつことになるので、固体のモル比熱は 3kBT × NA = 3R ということになるが、低温になるにつれて、実際の比熱はこれより著しく小さくなり、絶縁体の結晶の例では、比熱が低温では温度の三乗 T3 に比例していることが知られている。これも格子振動を量子化することによって見事に説明される。
ボース粒子・フェルミ粒子
電磁場を量子化した光子や、格子振動を量子化したフォノンのように、量子数の一定でない問題と異なり、液体4Heのように粒子数が保存されるボース粒子の集団の場合、極低温ではボース・アインシュタイン凝縮が起こることも量子統計力学の特徴のひとつである。
多粒子系や格子振動などの問題で、古典統計力学ならばマクスウェル・ボルツマン分布が登場するところをすべて、フェルミ粒子系の場合(電子や3He)はフェルミ分布に、ボース粒子系の場合はボース分布にすり替えただけで、量子統計になると思っても大ざっぱな用は足りる。
熱力学
系の力学構造と平衡状態の熱力学とを結びつけているのは、ボルツマンの原理 S = kBlnW である。S は系のエントロピー、 ln は自然対数を表す。量子統計力学では W はエネルギー固有値が E と E + ΔE の間にある量子状態の総数である(ただし E は系全体の内部エネルギーにほぼ等しく、ΔE は充分小さいものとする)。ボルツマンの原理により、平衡状態でのエントロピーが決して負にならないことは明らかである。また系の基底状態が極めて大きな(巨視的な数の)縮退をもっていない限り、E が最低値をとれば、自由度一つあたりのエントロピーはゼロになるはずである。これが熱力学第三法則であり、量子統計力学ではまったく自然に理解される。これに対し古典統計力学では、エントロピーの値そのものを確定することができず、第三法則も説明できない。
分配関数 Z の対数をとることによって得られるヘルムホルツの自由エネルギー F = kBTlnZ = β−1lnZ は、相互作用があって複雑な多粒子系の場合でも、古典統計力学では運動エネルギーからの寄与が分離して、これだけはまったく一般的に簡単な表式で与えられてしまう。ハミルトニアン、
量子統計力学と同じ種類の言葉
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