d'Artagnanとは? わかりやすく解説

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ダルタニアン‐ものがたり【ダルタニアン物語】

読み方:だるたにあんものがたり

原題D’Artagnan大デュマ冒険歴史小説シリーズ。「三銃士」「二〇年後」「ブラジュロンヌ子爵」の三部作さまざまな史実織り込みながら、ダルタニアン三銃士活躍を描く。


Dartagnan

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/29 10:27 UTC 版)

ダルタニアン
基本情報
原語名 DARTAGNAN
出身地 ニュルンベルク
ジャンル 中世メタル
銃士ロック
活動期間 2015-
レーベル ソニーミュージック
公式サイト https://www.dartagnan.de/home/
メンバー

ベン・メッツナー 1990.3.10
ティム・ベルナルド 1988.10.27

グスタヴォ・シュトラウス 1985.4.17(2018-)
旧メンバー

フェリックス・フィッシャー 1987.11.26(-2017)

ハンス・プラッツ(-2017)

DARTAGNAN(ダルタニアン)は、ドイツで結成されたバグパイプバイオリンなどを用い、中世フォークミュージックメタルロックを融合させた、ミッテラルターメタルまたはミッテラルターロック(中世メタル)と呼ばれるジャンルのバンドである。

概要・背景

中世フォークメタルバンド、フォイアーシュヴァンツ(Feuerschwanz)のボーカル・バグパイプ担当であるベン・メッツナー、ベース担当のフェリックス・フィッシャーと、ベンの20年来の友人であるギタリストでサブボーカルのティム・ベルナルドによって2015年にニュルンベルクで設立された。

2017年12月にフェリックスが脱退し、新たにバイオリニストのグスタヴォ・シュトラウス[1]がメンバーに加わった。

ライブでのリズムセクションは3人。ドラムのマティアス・ベームはベンとティムの古い友人で、フェリックスの後任を探していた際に大学時代の同僚だったグスタヴォを紹介した。結成当時から1年間エレキギターを務めていたハンス・プラッツと、当時から現在までベース担当のセバスチャン・バウマンはFeuerschwanzでのベンの同僚。プラッツの後任のハイコ・ハインツはセバスチャンの学生時代からの同期で、共にレゲエバンドMellow Markでプレイしていた経歴がある。


彼らは自身を”銃士ロック”と表現しており、メンバーの衣装やフルール・ド・リスと3本の細剣を合わせたデザインのバンドロゴからも判るように、バンドの名前はアレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士』(1844年刊行)の主人公としても有名なダルタニャンに由来している。また、作中で彼らのモットーとされる「一人は皆のために、皆は一人のために Unus pro omnibus, omnes pro uno」を意味するドイツ語、Einer für alle für ein のフレーズが歌詞の中にも頻繁に[2]用いられている。

2021年6月から、クラウドファンディングプラットホームPatreonの利用を開始し、支援者用の限定コンテンツ(画像・動画など)を公開しているが、コロナ禍が明けてライブ活動の再開にともない今後廃止する予定と2023年2月にアナウンスがあった。



大手音楽レーベルのソニーミュージックエンターテインメントとのレコード契約後、SchandmaulナイトウィッシュIn Extremoなどを手掛けたプロデューサーのトーマス・ハイマン・トロシアンによるアルバム制作が行われ、2016年2月26日に発売されたデビューアルバム『Seit an Seit』はドイツのアルバムチャートで7位[3]オーストリアで24位、スイスでも65位に入り、同じ年に追加タイトルとライブCDを含む「ゴールドエディション」が再リリースされ、バンドは2017年にアルバムのゴールドレコードを受賞した。

2017年9月に2ndアルバム『Verehrt und Verdammt』がリリースされ、ドイツのアルバムチャートで11位、メンバーチェンジ後の2019年に発売された3rdアルバム『In jener Nacht』は5位になった。

コロナ禍でライブの度重なる延期が発表される中、2020年9月24日にミュンヘンで屋外ライブを敢行。

2021年リリースの4thアルバム『FEUER & FLAMME』は、プロデューサーが過去作品でも楽曲を提供してきたフェリックス・ヘルトに変わっており、バンド初のLP盤も発売されリリースと同時にライブ配信を行い、アルバムチャートでは6位になっている。

バグパイプやティンホイッスルなど多彩な楽器を用いるスタイルはそのままに、トラッド中心だった初期からよりメタル色の濃い楽曲が主軸になり、サブボーカルのティムがメインで歌う曲が含まれているなど1stからは随分と方向性が変わった印象である。

2022年10月リリースの5thアルバム『FELSENFEST』は2枚組で、グッズ付きのFanbox、インストCDを加えた大型本形式の3枚組、LP盤など数種類の形態で発売され、アルバムチャートでは5位になった。前作からの流れを踏襲しつつ、トラッドやカバー曲で構成された2枚目では英語イタリア語ロシア語など数か国語で歌われており、フォークロックバンドとしての主張が見える。”Trink mein Freund”の原曲コロベイニキはコンピュータゲーム『テトリスゲームボーイ版のBGMとしてお馴染みのロシア民謡である。


2022年のツアーでは、ドイツ本国に加えてロシア、オーストリア、スイスでライブを行う予定になっていたが、ロシアによるウクライナ侵攻によってロシア公演は延期されている。


メンバー

ライブメンバー

  • ハイコ・ハインツ Haiko Heinz(2017-):ギター
  • セバスチャン・バウマン Sebastian Baumann:ベース
  • マティアス・ベーム Matthias Böhm:ドラム
  • ルーカス・ディートル Lucas Dietl:バイオリン

旧メンバー

  • フェリックス・フィッシャー Felix Fischer(2015-2017):エレキギター、アコースティックギター、エレクトリックベース、クラシックギター、ボーカル、アイリッシュブズーキ
  • ハンス・プラッツ Hans Platz(2015-2017):エレキギター

ディスコグラフィー

  • Seit an Seit (2016)
  • Seit an Seit „Gold Edition” (2016)
  • Verehrt und verdammt (2017)
  • In jener Nacht (2019)
  • FEUER & FLAMME (2021)
  • Feuer & Flamme LIVE „BluRay & CD”(2021)
  • FELSENFEST(2022)

ミュージックビデオ

2016年

  • Seit an Seit
  • Bis zum letzten Atemzug
  • Komm mit
  • Komm mit アコースティックver.
  • Nebelmeer アコースティックver.
  • Hulapalu (アンドレアス・ガバリエAndreas Gabalierのカバー)

2017年

  • Jubel
  • Neue Helden

2018年

  • Was wollen wir trinken
  • Troy
  • Flucht nach vorn
  • In jener Nacht

2019年

2020年

  • Griechischer Wein
  • An der Tafelrunde(Schandmauとの合作)
  • Kaufmann & Maid(参加はBenのみ)
  • C'est la vie

2021年

  • Farewell ft. Patty Gurdy
  • Solang dein Blut
  • Pesnia Mushketerov
  • Feuer & Flamme
  • Glücksritter
  • Völkerschlacht
  • FESTE FEIERN
  • Heroes (LIVE)
  • Meine Liebste, Jolie ft. Patty Gurdy (LIVE)
  • Chanson de Roland (LIVE)

2022年

  • Tanz in den Mai
  • Westwind
  • Trink mein Freund
  • My Love's in Germany ft. Blackbriar
  • Dreht sich der Wind
  • We're gonna be drinking ft. Candice Night, Blackmore's Night
  • Felsenfest2023年
  • C'est la vie (English Version)
  • WESTWIND UNPLUGGED

2023年

  • Hey Brother(avicii のカバー)

脚注

外部リンク


ダルタニャン

(d'Artagnan から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/04 12:11 UTC 版)

ダルタニアン伯爵
シャルル・ド・バツ=
カステルモール

ダルタニャン: d'Artagnan1615年? - 1673年6月25日)は、ブルボン朝時代に活躍したフランスの軍人。ダルタニアンダルタニヤンなどと表記されることもある。

概要

本名はシャルル・ド・バツ=カステルモール(Charles de Batz-Castelmore)であるが、通称のダルタニャンの方が有名であるため、報道機関でも通称を使用する例がある[1][2]アレクサンドル・デュマ・ペールが『三銃士』を始めとする『ダルタニャン物語』で描いた創作上の人物としての知名度が高い[3]

史実のダルタニャン

生家のシャトー・ド・カステルモア(Chateau de Castelmore)
パリでダルタニャンの像

本名はシャルル・ド・バツ=カステルモールであるが、母方の祖父、ジャン・ダルタニャンが近衛歩兵連隊の旗手で「ダルタニャン」の方が軍での通りが良かったため[4]シャルル・ダルタニャン(ダルタニャン伯爵)と爵位を持っていなかったが名乗っていた。

1615年ごろ、ガスコーニュで誕生する。次男だったとも、四男とも言われるが、いずれにせよ長男ではなく、家督の相続権もないため1630年頃、10代半ばでパリに上京。1633年時点の銃士隊の閲兵記録に名前があり、この頃から銃士として活動していたと見られる。

1646年の銃士隊解散後はジュール・マザランの腹心として、国境地帯の最前線要塞へマザランの指示を飛ばしたり、フロンドの乱が勃発した不穏なパリで伝令役のような仕事を務める。1656年にはマザランの後ろ盾もあり、近衛歩兵連隊の隊長代理の辞令を受ける。1657年までヴァランシエンヌ、モンメディ、アルドルなどの戦場へ赴く。

1657年ルイ14世の下、銃士隊が再結成される。翌年、前任の隊長代理補が辞職すると、ダルタニャンがこの職に就任。銃士隊の隊長は形式的にではあるがフランス国王が就任することになっていたことと、また実質的な隊長代理であるマザランの甥はフランスにおらず、イタリアで過ごすことが多かったため、ダルタニャンが実質的な銃士隊長に就任したことになる。

1658年、名門貴族の未亡人サント・クロワ女男爵アンヌ・シャルロット・クレティエンヌ・ド・シャンルシィ[5]と結婚。結婚証書にはルイ14世とマザラン枢機卿も署名。1660年、1661年に男児が誕生する。そのころ夫婦は別居し、息子二人の正式な洗礼は、ダルタニャンの死後になって、ルイ14世と王妃マリー・テレーズが授け、息子たちは洗礼親ルイ14世に因みルイと名付けられた[6]

1661年にはニコラ・フーケの逮捕命令を執行。これから後、フーケの裁判が終わるまでフーケの警護なども担当する。この間のエピソードでは1664年にフーケの護送中、通り道にフーケの妻子を発見するとダルタニャンは「馬車を止めてはならない」との命令を受けていたが、部下に馬車をもっとゆっくり走らせるように指示をした。これによって、フーケは数年ぶりに妻子と抱擁する時間を得たという。

この後も順調に出世を重ね、1667年には銃士隊の隊長代理に、1670年にはリールの総督に就任している。7月には騎兵旅団長として南フランスの反乱鎮圧。1672年、リール総督を離職し銃士隊長に復帰。1673年6月25日仏蘭戦争マーストリヒト包囲戦で喉に被弾し戦死。

遺体の埋葬場所は不明であるが、フランス軍の野営地があった付近(マーストリヒト)に埋葬されたという説があった[2]。死を伝える書簡では「神聖な土地」に埋葬されたとされる[2]。マーストリヒトにある聖ペトロ・聖パウロ教会オランダ語版に埋葬されているという噂もあった[2]

2026年3月、教会の床のタイルを補修するために発掘したところ、1660年代の硬貨や銃弾などと共に何者かの遺骨が発見され、ドイツでDNA鑑定による身元確認を受けていると報道された[1][2]

デュマのダルタニャン

黄色の馬に乗りパリへ向かうダルタニャン(挿絵、Maurice Leloir、パブリックドメイン)

ダルタニャンをモデルにした創作で最も早いと思われるものは、かつてダルタニャンの下で銃士をしていた文人クールティル・ドゥ・サンドラスの執筆した偽回想録『ダルタニャン氏の覚え書き』で、初版が1700年に出版されている。これを種本として創作されたのが、アレクサンドル・デュマ・ペールの『ダルタニャン物語』である[7]

『ダルタニャン物語』においては、史実のダルタニャンより年齢は10歳ばかり年上の1605年生まれとされている。これは、1627年から始まったラ・ロシェルの包囲戦にダルタニャンを参加させるためである。

史実のダルタニャンと同じく、ダルタニャンはパリに上京して銃士となる。アトスポルトスアラミス三銃士に同日に決闘を申し込んで友人になり、リシュリュー枢機卿の陰謀を打ち破る[8]。ガスコンらしく血気盛んで抜け目がなく、勇気りんりんで大言壮語で貧乏が格言になるほど[9]。中年期以降は、それぞれの立場の違いから、親友の三銃士と敵対することもあるが、活躍は英仏を股にかけスケールアップする[10]

ダルタニャン(右)とバッキンガム公(左)、(挿絵、Maurice Leloir、1894年、パブリックドメイン)

たびたび「小柄でやせぎす」と描写されているが、50歳を過ぎた時点でもかなりの戦闘能力を発揮しており、ポルトスほどではないが膂力の強い部類に入る。「ラテン語を一向に覚えられなかった」と発言しており、アラミスの話す神学の話を理解できず顎が外れるほど大欠伸したり[11]、渡英した時は「come(来い)」と「 Goddamn(畜生) 」が英語知識の全て[12]というように教養にはうとい。だが機転が利き、頭が回るタイプであり、最年少ながら三銃士らと行動するとき、作戦を立てたり場を仕切ることも多かった[13]。容貌としては、鷲鼻で浅黒く、髪はもともと黒だったが、40歳の時点で半白、50歳を超えると灰色になる。女性にはそれなりにもてるが、結婚はせず、子供ももうけていない。そのため、アトスの息子ラウルを自分の息子同様に可愛がる[14]

ダルタニャン(左)、ポルトス(中)、アラミス(右)、(挿絵、Maurice Leloir、パブリックドメイン)

政治的には、基本的にフランス王家に忠誠を誓う立場である。ただ、史実と異なりマザラン枢機卿には反感を抱いており、たびたび悪口を言っている[15]。また、20代の若さで銃士隊の副隊長にまで出世するが[16]、アトスら三銃士が相次いで退役すると銃士としての活躍の機会が減り昇進の機会が得られなくなる。50歳になり、ルイ14世の親政が始まると銃士隊隊長に就任[17]、最終的にはフランス元帥にまで出世する[18]

ダルタニャン(1876年刊、挿絵、パブリックドメイン)

派生作品など

脚注

  1. ^ a b 「三銃士」登場のダルタニャン、遺骨発見か オランダの教会の下”. BBC日本語版. 2026年3月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e 「三銃士」で有名になったフランスのダルタニャン、オランダの教会で遺骨発見か”. CNN.co.jp. 2026年3月27日閲覧。
  3. ^ さまざまな小説で、ダルタニャンのファーストネームは「シャルル」になっていることが多い。これは史実のダルタニャンにちなんだものと考えられる。しかし『ダルタニャン物語』においては、ダルタニャンのファーストネームは明らかにされておらず、「シャルル」と名乗るシーンや呼ばれるシーンは存在しない。
  4. ^ 「ダルタニャン (d'Artagnan)」は「ドゥ・アルタニャン (de Artagnan)」がエリジオンの形態を取ったもの。
  5. ^ 父親はシャルル・ボイエ・ド・シャンルシィ男爵。前夫はラ・クライエット男爵。異父弟はシャロン総督
  6. ^ 佐藤, 賢一『ダルタニャンの生涯』岩波書店、2002年2月20日、97-102,185-186頁。ISBN 4-00-430771-6 
  7. ^ 鈴木力衛翻訳「ダルタニャン物語」第1巻1968年5月鈴木力衛のあとがき。講談社文庫
  8. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(1・2巻)、1968年
  9. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(7巻4章)、1968年
  10. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(4、5、6巻)、1968年
  11. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(1巻26章)、1968年
  12. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(5巻12章)、1968年
  13. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(4、5、11巻)、1968
  14. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(7、9、10、11巻)、1968年
  15. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(3、4、5巻)、1968年
  16. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(2巻37章)、1968年
  17. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(7巻28章)、1968年
  18. ^ アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(11巻41章)、1968年

参考文献

  • アレクサンドル・デュマ著、鈴木力衛訳 『ダルタニャン物語』 講談社(全11巻)、1968年。
  • 佐藤賢一『ダルタニャンの生涯 史実の『三銃士』』(岩波新書、2002年) ISBN 4-00-430771-6
  • クールティル・ド・サンドラス、小西茂也訳『恋愛血風録 デュマダルタニャン物語外伝』
復刊ドットコムブッキングで2005年に復刻、『三銃士』の種本となった作品、初版は1700年にオランダで出版。

三銃士 ダルタニアン物語

(d'Artagnan から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/11 19:19 UTC 版)

三銃士 ダルタニアン物語
Les Trois Mousquetaires : D'Artagnan
監督 マルタン・ブルブーロン
脚本 マチュー・デラポルト
アレクサンドル・ド・ラ・パテリエール
原作 アレクサンドル・デュマ三銃士
製作 ディミトリ・ラッサム
マリー=アンジュ・ルシアニ 他
製作総指揮 パテフィルムズ
出演者 フランソワ・シヴィル
エヴァ・グリーン
ヴァンサン・カッセル
ピオ・マルマイ
ロマン・デュリス
ルイ・ガレル
ヴィッキー・クリープス
ジェイコブ・フォーチュン=ロイド
エリック・ルフ
ジュリアン・フリソン
マルク・バルべ
音楽 ギヨーム・ルッセル
撮影 ニコラス・ボルドック
編集 セリア・ラフィットデュポン
制作会社 Chapter 2、パテフィルムズ
配給 パテフィルムズ
公開 2023年5月4日
上映時間 121分
製作国 フランス ベルギー ドイツ スペイン
言語 フランス語
製作費 約3,608万ユーロ
興行収入 32,407,471ドル[1]
次作 三銃士 ミレディの陰謀
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三銃士 ダルタニアン物語』(さんじゅうし ダルタニアンものがたり、原題: Les Trois Mousquetaires : D'Artagnan)は、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士』を原作とし、2023年5月4日にフランスで公開された映画である。フランスベルギードイツスペインの合作でマルタン・ブルブーロン 監督により製作され、順次イタリア (4/6)、スペイン (4/14)、イギリス (4/21) など欧州、メキシコ (4/21)、ニュージーランド (2024/8/8) など世界各国で広く公開された。 続編は『三銃士 ミレディの陰謀』。

あらすじ

1627年。フランスに再び宗教戦争の影が忍び寄っていた。ラ・ロシェルユグノー(新教徒)は武装を開始し、イギリス宰相バッキンガム公爵の支援を求めていた。宰相リシュリュー枢機卿と王弟オルレアン公ガストンは、ラ・ロシェルへの開戦を望んだ。しかしルイ13世は、「サン・バルテルミの虐殺の悲劇はふたたび起こさない」と、ラ・ロシェルへの攻撃を拒否する。

その頃、若きダルタニアンは、銃士になるためガスコーニュからパリを目指していた。深夜、宿屋へ到着すると、中庭で貴婦人の馬車を数人の怪しい男たちが襲撃していた。ダルタニアンは貴婦人を助けるため男たちと戦うが、銃で撃たれて昏倒する。撃ったのはリシュリュー枢機卿の女スパイ、ミレディだった。襲われていた貴婦人はヴァルクール伯爵夫人で、イギリス宰相バッキンガム公爵とアンヌ王妃の手紙の橋渡しをしていた。ミレディは、ヴァルクール伯爵夫人から手紙を奪い取る。昏倒したダルタニアンは埋葬されるが、息を吹きかえした。

ダルタニアンはパリに到着すると、父の友人トレヴィル銃士隊長の屋敷へ行き、銃士隊への入隊を頼む。トレヴィル隊長は、まずは候補生からだと励ます。ふと、窓の下を見たダルタニアンは、宿屋で馬車を襲撃していた男を発見し、追いかける。途中で三銃士のアトスポルトスとぶつかり、アラミスを行きがかりで怒らせ、決闘の約束をするハメになる。

サン・シュピルスの丘でダルタニアンがアトスと決闘を始めたとたん、決闘禁止令違反でリシュリュー護衛隊に包囲される。しかし圧倒的な人数差のなかで、ダルタニアンと三銃士は、護衛隊と戦って勝利する。この事件で、ダルタニアンは国王に拝謁し、三銃士と友情を結んだ。アラミスは伊達男で女性に人気があり、ポルトスは豪放磊落で寛大。アトスには影があった。

ダルタニアンはフランス王妃アンヌ・ドートリッシュの侍女コンスタンス・ボナシューに一目惚れし、コンスタンスの家で下宿を始める。アンヌ王妃はイギリスのバッキンガム公爵と密かに恋愛関係にあるが、夫ルイ13世を敬愛し支えていた。

ある朝、アトスがベッドで目覚めると、隣に全裸女性の刺殺死体があった。アトスは逮捕され、裁判にかけられる。トレヴィル隊長は、アトスの過去の華々しい戦歴や気高い貴族であることを主張し弁護する。しかし裁判官は 、アトスの実弟ベンジャミンがユグノー(新教徒)で、ラ・ロシェルの指導者オラト・サン・ブランカールの右腕であることを指摘する。アトスに斬首の死刑判決がくだった。それを傍聴席からミレディが見ていた。

ダルタニアン、アラミス、ポルトスはアトスを救うため、刺殺女性の遺体を調べる。ダルタニアンは、その遺体が宿屋で襲われていた馬車の貴婦人だと気づく。三人は調査の結果、ヴァルクール伯爵家にたどり着く。ヴァルクール伯爵の屋敷を訪れたダルタニアンを迎えたのは、伯爵夫人になりすました美しいミレディだった。ダルタニアンは伯爵夫人が偽物だと気づくが、ミレディに銃撃されて逃げる。

秘密裏にノルマンディ海岸に到着したバッキンガム公は、アトスの弟ベンジャミンらラ・ロシェルの新教徒に迎えられる。

ミレディが書いた偽の恋文で修道院へおびき出されたバッキンガム公とアンヌ王妃を、武装集団が襲撃するが、ダルタニアン、アラミス、ポルトスが武装集団と戦い、事なきを得た。アンヌ王妃は別れの形見にダイヤの首飾りをバッキンガム公爵に渡す。しかしパリの街に王妃とバッキンガム公の不貞疑惑の中傷ビラが撒かれ、王妃がバッキンガム公にダイヤの首飾りを渡したと噂になる。ルイ13世はアンヌ王妃に、疑惑を晴らすため、王弟オルレアン公ガストンの結婚式でダイヤの首飾りを身に着けるよう命じる。

コンスタンスはダルタニアンに、イギリスのバッキンガム公からダイヤの首飾りを持ち帰るよう頼み、リシュリューは首飾りをバッキンガム公から奪うため女スパイのミレディをイギリスへ派遣する。グレーブ広場の処刑台を見下ろしたミレディは「処刑に立ち会えないのは残念ね」とつぶやき、リシュリューは「アンヌ王妃の処刑には立ち会える」と言う。

一方で、グレーヴ処刑場に向かうアトスの護送馬車を、弟ベンジャミンとラ・ロシェル指導者サン・ブランカールの一軍が襲撃し、アトスは救出される。

カレーの港へ向かうダルタニアンは、途中でアトスに出会い、イギリスへ同行することになる。その夜、アトスはダルタニアンに「友人の話」として過去の破綻した恋を語る。アトスは若い頃、領地の村に住む身元不明の純粋で美しい娘と恋に落ち、結婚した。妻は人前に出る事を嫌がった。しかしアトスの弟の結婚式に参列したことから妻の過去が明らかになる。妻は15才で残虐な侯爵と結婚して暴力と虐待を受け、抵抗しているうちに夫の侯爵を殺した。逃げた妻は村に隠れ住んで、アトスと結婚したのだ。正義の貴族と言われていたアトスは、妻を司直の手に引き渡した。妻は投獄され百合の焼き印を押されて絞首刑になった、とアトスは語った。

イギリスに渡ったミレディは、園遊会でバッキンガム公に近づきダイヤの首飾りを盗むが、飛び込んできたダルタニアンがミレディを追いかける。逃走するミレディとアトスが出くわす。馬で逃げたミレディをダルタニアンは追い詰め、ダイヤの首飾りを取り戻し、ミレディは崖から海へ飛びこむ。

一方で、ラ・ロシェル制圧を狙うシャレー伯爵が、王弟オルレアン公ガストンの結婚式が行われる聖堂を秘密裏に訪れ、ある指令書を渡す。

ダルタニアンは無事に首飾りをアンヌ王妃に届け、王妃の名誉を守った。 王弟オルレアン公ガストンの結婚式で、聖職者に扮して聖堂に潜入していた武装集団が国王暗殺を企て、参列席に銃撃を浴びせる。しかし察知したアトスと銃士たちが国王を救う。この功績により国王はアトスに赦免を与え銃士隊に戻し、ダルタニアンを銃士に任命する。しかし銃撃によって忠臣を殺されたルイ13世は、銃撃事件の首謀者が新教徒だと聞かされ、ラ・ロシェルへの攻撃を決意する。

コンスタンスが宮殿の廊下を歩いていると、ある部屋から密談の声がした。「今回の暗殺計画は失敗したが、国王は不死身ではない。すべてを新教徒のせいにして、フランスをあなたのものに」と。コンスタンスは慌てて逃げ出す。しかし正体不明の男に跡をつけられ、ダルタニアンと待ち合わせた宿屋の近くで、謎の男たちに誘拐される。コンスタンスの悲鳴を聞いたダルタニアンは誘拐犯たちを追いかけるが、路上で背後から殴られ昏倒する。

第一部「三銃士 ダルタニアン物語」では、事件の全容が示されない。事件の背後関係は不明なままラストを迎える。エンドクレジットのあと、第二部「三銃士 ミレディの陰謀」の予告が流れ、リシュリューとミレディの会話で「猊下、私の敵は銃士隊」だとミレディが告げる。

キャスト

企画

  • フランス・ベルギー・ドイツ・スペイン合作映画として企画

製作

封切り

  • 公開日: 2023年5月4日(フランス)
  • 上映時間: 121分

DVDリリース・オンデマンド

  • 日本でのDVDレンタル開始日:2025年11月12日
  • 日本でのDVD販売開始日:2025年12月26日
  • U-NEXTAmazon Prime VideoDMMで配信中(2025年12月1日時点)

日本語字幕翻訳:関なつき 日本語吹替翻訳:関なつき

映画評論家によるレビュー

  • 現時点で情報なし

興行収入

  • Box Office MojoによるとDOMESTIC が空欄のため、INTERNATIONAL の 32,407,471ドルがそのまま WORLDWIDE の総額となっている。

受賞歴

  • 現時点で情報なし

次作

脚注

  1. ^ The Three Musketeers: D'Artagnan”. Box Office Mojo. 2025年12月1日閲覧。

参考文献

Interview : Martin Bourboulon, « Les Trois Mousquetaires » de retour au ciné – « Alexandre Dumas, c’était un visionnaire »” (フランス語). TF1 Info. TF1 Info (2023年4月5日). 2025年12月5日閲覧。

関連項目



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