電子的阻止能、核的阻止能、放射阻止能
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 01:06 UTC 版)
「阻止能」の記事における「電子的阻止能、核的阻止能、放射阻止能」の解説
「ベーテの式」も参照 電子的阻止能とは、媒質中を移動するイオンが媒質の束縛電子との非弾性衝突によって減速される効果を表す。「非弾性」という用語は衝突の過程で運動エネルギーが失われることを示している(失われたエネルギーは、媒質束縛電子とイオン電子雲の両者の励起に使われる)。線電子的阻止能は放出される二次電子の運動エネルギーに制限がない場合の線エネルギー付与(英語版)と一致する。 イオンが電子と衝突する回数は莫大なものであり、また媒質中を移動するイオンの荷電状態は常に変化しうるため、あらゆる可能な荷電状態についてあらゆる相互作用を考慮するのは非常に難しい。そこで電子的阻止能を、異なる荷電状態に対するあらゆるエネルギー損失過程の平均を表す単純な関数 Fe(E) として扱うことが多い。核子1個あたりのエネルギーが数百keVを超える領域では、数%の精度で関数 Fe(E) を理論的に決定することができる。その理論的な枠組みはいくつかあるが、ベーテの式がもっともよく知られている。核子1個のエネルギーが100 keVを下回る領域においては、電子的阻止能を解析的モデルによって決定することは困難になる。近年では、低エネルギー領域を含む幅広い範囲のエネルギーについて、リアルタイムの時間依存密度汎関数法によって様々なイオン=ターゲット系の電子的阻止能を正確に求めることが可能になっている。 一部のモデルでは、電子的阻止能を高エネルギーイオンから電子気体へのエネルギー付与ではなく運動量の付与と見なす。これは高エネルギー領域においてベーテの式の結果と一致する。 ヘルムート・パウルは数多くのターゲット物質と入射イオンについて電子的阻止能の実験値をグラフ化するデータベースを作成した。いくつかの数値テーブルでは精度を決定するためにこのデータベースとの統計的比較が用いられている。 核的阻止能とは入射イオンと試料原子との弾性衝突の効果を指す。「核的」という呼び方は核力が関わっているという誤解を招く可能性があるが、イオンがターゲット物質の原子核によって減速されることを意味している。核的阻止能 Fn(E) を計算するには、二原子間斥力のポテンシャルエネルギー E(r) の形が分かっていればよい。右図はアルミニウムに入射したアルミニウムイオンに対する核的および電子的阻止能を示したもので、エネルギーが低い領域を除けば核的阻止は無視できる。入射イオンの質量が増加すると核的阻止の効果も増加する。右図では低エネルギー領域で核的阻止が電子的阻止を上回っているのが、非常に軽いイオンが重い物質の中で減速する場合にはすべての領域で核的阻止が電子的阻止より弱くなる。 検出器の放射線損傷の分野では、線エネルギー付与 (LET) の対極として「非電離エネルギー損失」(NIEL) という用語が使われる。核的阻止は定義上電子の励起を伴わないため、核反応が起こらないならばNIELと核的阻止能は同一の量だと考えられる。 非相対論的な領域での全阻止能は、これら電子的、核的な項の和 F(E) = Fe(E) + Fn(E) となる。阻止能の半経験的な表式は複数が考案されている。現在もっとも広く用いられているのは、SRIM(英語版)コードのいくつかのバージョンで採用されているZiegler、Biersack、Littmark(ZBL)によるモデルである。 イオンのエネルギーが非常に高いときには、物質中の電界を通過することで発生する制動放射による放射阻止能も考慮しなければならない(全阻止能から放射阻止能を引いた部分は衝突阻止能と呼ばれる)。飛来粒子が電子である場合は常に放射阻止能が重要となる。イオンエネルギーが大きい場合、核反応によるエネルギー損失も起こりうるが、通常そのような過程は阻止能としては考えられない。 固体ターゲット物質の表面付近では、核的および電子的な阻止はいずれもスパッタリングを発生させる可能性がある。
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