連合国と白軍とは? わかりやすく解説

連合国と白軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 07:11 UTC 版)

パーミャチ・メルクーリヤ (防護巡洋艦)」の記事における「連合国と白軍」の解説

ドイツ帝国連合国降伏すると、ドイツ帝国同盟者であったウクライナ国ドイツ帝国駐留地へ進駐始めた連合国軍脅威の下に晒されることになった。この状況下で、ウクライナ国海軍司令官 V・Ye・クロチュコーウシクィイ(ポーランド語版) 海軍少将は、麾下艦船アンドレイの旗を掲揚するよう命じた。これにより、かつての同盟国共感呼ぼうとしたのである。しかし、イギリス・フランス中心とした連合国軍はこの艦隊戦利品として扱った「パーミャチ・メルクーリヤ」もほかの艦船とともに11月24日には進駐した連合国軍接収され艦上にはイギリスの海軍旗が掲げられた。艦名は、12月には元の「パーミャチ・メルクーリヤ」戻された。その後艦船一部連合国ソビエト政権との戦い利用しよう考えた義勇軍ロシア語版)へ引き渡されたが、大半は港に繋留されたまま放置された。また、ウクライナ国にとってかわったウクライナ人民共和国クリミア沿岸地域喪失したため、ウクライナ政府主張していた艦隊保有簡単に踏み躙られた。 ロシアのかつての同盟者であったイギリス海軍は、世界大戦内戦全期間、それにドイツによる占領期間を含めたいかなる時期におけるよりも、はるかにひどい被害黒海艦隊艦船与えた1919年4月末、セヴァストーポリに迫る赤軍前に撤退を図るイギリス海軍は、巡洋艦カリプソ艦長指示の下、南ロシア海軍司令官 M・P・サーブリン提督了解もなしに、無断黒海艦隊処分開始した4月26日イギリス人水兵らはまず手始め黒海艦隊潜水艦 11 隻を港外引き出し爆破して沈めた続いて 6 隻の戦列艦巡洋艦「パーミャチ・メルクーリヤ」、 3 隻の艦隊水雷艇軍事的価値はほとんどなかった旧式水雷艇倉庫になっていた輸送船まで、各艦船主機高圧シリンダーベアリング爆薬仕込んでこれを吹き飛ばした。 この事件により、艦船その後運命決定付けられた。内戦終結後爆破された「レヴォリューツィヤ」(旧『エフスターフィイ』)、「イオアン・ズラトウースト」、「ボレーツ・ザ・スヴォボードゥ」、「パーミャチ・メルクーリヤ」修復をしようと試みたソビエト政府は、確かに人材資材資金の不足のためもあったが、何よりその損傷のあまりのひどさに復旧諦めざるを得なかったのである連合国軍撤退したのち、1919年4月29日には第 2 ウクライナ・ソビエト軍(ウクライナ語版)に接収されウクライナ社会主義ソビエト共和国赤色海軍ウクライナ語版)へ編入された。 1919年6月24日には、勢力盛り返した南ロシア軍奪還された。その後南ロシア軍組織改編に伴い所属ロシア軍移した1920年11月14日ロシア軍セヴァストーポリ去ってイスタンブール向かったが、イギリス軍によって機関破壊されていた「パーミャチ・メルクーリヤ」自力航行ができず、曳航もされずにセヴァストーポリ取り残された。

※この「連合国と白軍」の解説は、「パーミャチ・メルクーリヤ (防護巡洋艦)」の解説の一部です。
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