近代化への歩みと山本卯太郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 03:17 UTC 版)
「名古屋港跳上橋」の記事における「近代化への歩みと山本卯太郎」の解説
山本卯太郎は、名古屋高等工業学校(現在の名古屋工業大学)で橋梁技術などを学び、4年間渡米して、可動橋・閘門・起重機などの商港の荷役に必要な工事の設計、製作並びに施工法を研究した。名古屋港跳上橋の竣工時、東京の芝公園に居住し、独自に新技術を開発するなど、数学を用いて可動橋の複雑な構造を多面的に解析した。大正末期から昭和初期に多数の可動橋などを設計。日本独自の発展を遂げた可動橋分野に大きな足跡を残し、港湾の近代化に寄与した。満42歳で急逝してしまったが、その遺子は、のちに船舶を安全かつ効率的に導く水先人として活躍した。なお、山本卯太郎は自らの文献で、産業の合理化や都市計画の観点を次のように述べている。 今や世を挙げて産業の合理化能率の増進を叫ばれるに至れるも、要は多量の物資を低廉迅速に産出せんとするもので、是が遂行に対しては可及的冗費を節約して最小の労銀と時間との許に、最大の製産を成すにあるのは今更言ふ迄もない事であるが、本邦の産業大都市に於て右の条件に添ふべく構成されてゐるものは皆無と云つて差支へない。 これらを踏まえ、産業都市に具備すべき事項として、次のようなことを提言している。 一日も早く循環線路を建設し、必要に応じて可動橋を架設する。 さらに、前出の文献で、これらの提言について、次のような具体的な理由や現状を挙げている。 船舶の荷役は固定橋の為に阻まれ、一度は艀に取り数多の固定橋下を潜つて目的地に送られるので、多大な冗費と動力と時間とを空費してゐる現状で、且つ対岸に達せんとするには、数十倍の時間と労力を費さなくば危険なる渡船によるの外なく、是れが為めには電車の乗客も何回となく乗り換へるためラッシュアワーの混雑は益々甚だしくなるので、今日の急務としては、一日も早く循環線路を建設して木津川尻無川安治川には、それぞれ可動橋を架設して客貨の集散に便すれば、一面貨物の荷作を傷めず、漏出する事なく、又破損する事なく、数度の積み換へに要する冗費と時間とを節約して、安全且つ迅速にそれぞれ目的地に到達し得らるゝのである。又一面には歩行者に数十倍の距離を迂回せしめずしてスピード時代に添ふ如く、…(中略)…大砲の搬出には時日を要し間に合はなかつた事実を物語るものに他ならぬ。 環状線の鉄道を建設することなどにより、貨物を安全かつ迅速に目的地に運ぶことができ、スピード時代に添うとしている。また、ラッシュアワーの混雑解消についても言及している。
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