近代化工事施工後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/12 02:11 UTC 版)
「国鉄マシ35形客車」の記事における「近代化工事施工後」の解説
1960年(昭和35年)から1961年(昭和36年)にかけて全車に側窓の複層固定ガラスアルミサッシ化・巻上カーテン化・物資搬入扉の増設・屋根上ベンチレータの撤去・照明の蛍光灯化・食堂内カラーリングを薄茶色に統一などの近代化工事が施工され、オシ17形に準じた形態とされた。また、塗装も1965年以降は青15号に変更された。 1 - 3は函館客車区に転属となり、1965年までは急行「まりも」、それ以降は「ていね」に充当された。 11・12は尾久客車区に転属となり、1964年10月のダイヤ改正までは急行「北斗」・「北上」、それ以降は「十和田」に充当された。1962年(昭和37年)には電気暖房を搭載し、車両番号も2011・2012に改番された。 しかし、1967年(昭和42年)の急行「安芸」食堂車火災事故で石炭レンジ搭載の旧式食堂車の危険性が指摘されたことや「十和田」の特急格上げなどで余剰となったオシ17形に置換えられたことなどから、「ていね」充当の1 - 3は1968年10月のダイヤ改正で編成から外され1969年(昭和44年)に、「十和田」充当の2011・2012は1970年(昭和45年)10月のダイヤ改正で運用を終了し同年末に、それぞれ廃車解体処分となった。このため保存車は存在しない。
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