被虐の受太刀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/08 00:25 UTC 版)
第2試合は、駿河藩藩士・座波間左衛門と女性薙刀使い・磯田きぬだった。いかにきぬが薙刀の使い手といえど、間左衛門は家中でも武芸絶妙と周囲からも評判の剣士。この試合、間左衛門の勝利は揺ぎ無いものと予測されていた。だが、周囲の者は勿論、出場者であるきぬ自身も知られざる事があった。この試合は他ならぬ間左衛門の抑えがたい性癖によって巻き起こされたものであった。 座波間左衛門(ざなみ かんざえもん) 駿河藩藩士にて第2試合「被虐の受太刀」の主人公。全身傷だらけという奇怪な容姿ながらも、武芸絶妙という理由で駿河大納言・徳川忠長に200石で召抱えられた。幼少時に磯田家で生活するも、とある性癖によって親戚の家を身一つで出奔する。その後も大坂の陣にも参加し数々の功績を収めるが、その抑えがたい性癖によって12年間浪人生活を送ったという経歴を持つ。 その性癖とは、容姿端麗な者に斬られる事を至上の快楽とするもので、9歳の頃に叔母なお女によって偶然に傷つけられた事がきっかけとなる。以降、容姿端麗な者に傷つけられる事に快楽を見出すが、大坂の陣にて容姿端麗な者に斬られ、斬り殺したいという感情に目覚める。こうして、全身傷だらけの奇怪な容姿となる。 きぬとの再会によって、またしても抑えがたい性癖に襲われる。自身の忌まわしい性癖を嫌悪し、祈祷や禄を捨てて逐電する事も考えるが、最終的に彼ときぬを運命の御前試合に結び付けてしまう。 浪人時、尾張城下にて今川流受太刀の極意を授かる。だが、彼がこの剣技を使う時こそ、その忌まわしい性癖が発揮される時でもある。 磯田きぬ(いそだ きぬ) 第2試合「被虐の受太刀」のもう1人の主人公。女性ながらも薙刀を用いて試合に挑む。間左衛門と磯田家は親戚筋であり、間左衛門ときぬは従兄妹の関係である。幼少時にはとある事件前まで同じ屋根の下で過ごしていた。だが、13年ぶりに再会した間左衛門に夫の久乃進を乱心という理由で殺害された事をきっかけに仇討ちを決意。家老・三枝伊豆守に仇討ち願いを届け、御前試合にて間左衛門との決着を望む。 だが、それこそ間左衛門の思惑であり、夫・久乃進の仇討ちを望むきぬに斬られ、斬り殺したいという間左衛門の計略であった。 磯田久乃進(いそだ ひさのしん) きぬの夫であり、磯田家の跡を継いだ者。甲府在勤中であるが駿河城中の弥之助・伝一郎の事件において、間左衛門の絶妙な剣技を見る事となる。その後、間左衛門ときぬが従兄妹である事と同じく武芸を志す者として間左衛門を家に招くなど親交を深める。だが、間左衛門の計略によって乱心者として殺害されてしまう。 市川弥之助(いちかわ やのすけ) 駿河大納言・徳川忠長の寵童で美少年。だが、常軌を逸した忠長は、弥之助に理不尽な理由で暴力を振るい彼を斬り捨てるように命じる。その際に間左衛門が名乗り出、真剣勝負での決着を申し込まれる。弥之助に斬られ、斬りたいと思った間左衛門の思惑であり、その真剣勝負にて間左衛門を何度も斬るが、間左衛門の今川流受太刀の極意によって殺される。 市川伝一郎(いちかわ でんいちろう) 弥之助の兄で、藩中切っての富田流の遣い手。間左衛門の提案によって、弥之助の決着後に間左衛門と真剣勝負するという約束をする。だが、弥之助の死後、素早く間左衛門に豪剣を浴びせようとするものの、間左衛門の受太刀による一刀で死亡。細腕の弥之助の決着が時間が掛かったに対し、藩中でも遣い手である伝一郎との一瞬の決着は周囲から疑問の的となる。しかし、誰も間左衛門の性癖に気付くものはいなかった。
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