著作に関する論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 15:12 UTC 版)
「オセールのレミギウス」の記事における「著作に関する論争」の解説
古代の哲学的文献に対するレミギウスの註釈に関する第一の研究によって、彼の著作の多くは剽窃らしいということが分かった。フランスの宮廷・学校にネオプラトニズムを紹介した前世代のアイルランド人修道士ヨハネス・スコトゥス・エリウゲナの著作から広範にわたって彼が思想を引き出している点でそのことは特に明白となっている。。エリウゲナは哲学者なのに対してレミギウスは文法家にすぎないことを根拠として、E. K. Randはレミギウスがエリウゲナの著作から「シザーアンドペースト」を行ったとして非難している 。しかし、より近年の研究によって、こういった非難は不公平であるばかりか、それが必ずしも真でないことが示されている。 レミギウスはエリウゲナから大きく影響を受けており、明らかにエリウゲナの思想を念頭において注釈書を作成している。実際、レミギウスがマルティアヌス・カペッラの著作に対する注釈をエリウゲナの著作とマルティヌス・スコトゥスの著作という二冊の本の助けを借りて作成したことが知られている。しかし、レミギウスの字引は、それらがオセールで書かれたことを文書の考察が示しているとすれば、彼自身によるものだと考えられている。レミギウスが剽窃していたと主張することの問題点は、単に当時この地域でほとんどの学者がエリウゲナの著作によく親しんでおり、エリウゲナの思想が彼ら自身のものと容易に区別できるという理解のもとに、彼ら自身の著作にエリウゲナの思想が利用されていたことにある。さらに、哲学と宗教は結合されて知恵への道となるという彼が信じていたにも関わらず、レミギウスの注釈書は詳細な哲学的問題よりもむしろ文法学的問題により関心を持つ傾向があった。そこで、彼はエリウゲナの哲学的基盤をもとに始めて、そこに文献に対する彼独自の解釈を付け加えたのだと考えられる。古代ギリシア語を学ぶことの難しさを考慮するとこの説の蓋然性がより高まる。 13世紀までは、適切なギリシア語文法書が存在せず、学者たちはアエリウス・ドナトゥス、カエサレアのプリスキアヌス、セビリャのイシドルスらから得たラテン語文法の知識を古代ギリシア語の文献に適用せざるを得なかった。エリウゲナは文献に対する注釈書を作成するのに十分なほどにギリシア語に習熟しており、レミギウスのような文法家は他人の著作に基づいて自身のギリシア語理解を構築していたと考えられる。以上のことを考慮すると、レミギウスが剽窃した可能性に関する論争は、現代の学者にとって、故意のものというより初期中世の学者を取り巻く環境の問題だったと考えられる。
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