自称カリフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 20:58 UTC 版)
「アブー・バクル・アル=バグダーディー」の記事における「自称カリフ」の解説
2013年4月8日、シリアの過激派組織アル=ヌスラ戦線との合併を宣言し、組織名を「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」と改称した。アルカーイダのアイマン・ザワーヒリーは5月にISILの解散命令を出したが、バグダーディーは命令を無視してシリアへの介入を進め、シリア各地で残虐行為を働いたため、2014年2月にアルカーイダ側が「ISILとは無関係である」と発表し、アルカーイダと絶縁した。 6月29日、イラク・シリアにまたがるイスラム国家「イスラム国」の建国とカリフへの即位を宣言した。「私はあなた方から支配権を担った。私はあなた方の中で最も優れているわけではない。私が正しい時には私を支援してくれ。私が悪かったなら私を正してくれ」「あなた方がアッラーとアッラーの使徒に従順であったように、私に従順であれ。私がアッラーとアッラーの使徒に逆らうような行為や態度を示すのなら、あなた方が私に従順である必要はない」と述べ、バグダーディーがシャリーアに従って行動する限り、支持するように呼びかけた。しかし、「イスラム国」を国家承認する国家は存在せず、また、イスラム教を信奉する中東諸国・神学者・歴史学者からは「国家樹立は無効」と批判を浴びた。 11月8日、アメリカ合衆国及び有志国によるISILに対する空爆(生来の決意作戦)により、イラク北部のモースルにて死亡または負傷したとの報道がなされたが、11月13日にISILからバグダーディー本人による音声メッセージが公表され生存が確認された。メッセージの中でバグダーディーは、「ヨルダンとレバノンを制圧し、パレスチナを解放する」と宣言した。負傷後は、治療を受けるためシリアに移動したとされる。 2015年1月20日、シリア人権監視団は、アメリカ空軍がイラク国境で実施した空爆でバグダーディーが負傷し、再びシリアに移動したと発表した。4月21日、ガーディアンは3月18日に有志連合がイラク・シリア国境で実施した空爆で、バグダーディーが重傷を負ったと報道した。負傷後はイスラエルの病院で治療を受け4月28日に死亡したと報じられたが、5月14日にISILからバグダーディー本人による音声メッセージが公表された。同月20日にはイラク大統領のフアード・マアスームが共同通信記者との会見で、バグダーディーの容態について「有志連合の空爆で負傷したが、会話が出来ないほど深刻な状態ではない」と述べている。 12月26日、ISILは7か月振りにバグダーディー本人による音声メッセージを公表し、メッセージの中でイスラエルへの攻撃を示唆すると同時に、イスラム諸国による対テロ連合を主導したサウジアラビアを非難した。 2017年5月28日にシリアのラッカ近郊でISIL幹部の会合が行われたのを狙ってロシア軍が空爆を行い、その結果バグダーディーが死亡した可能性があると同国国防省が発表しているが、7月にアメリカのジェームズ・マティス国防長官やロシア政府自身がバグダーディーが死亡したとする情報に否定的な見解を示している。9月28日にはシリアやイラクで戦う構成員を激励する、バグダーディー本人によるとされる録音メッセージがISIL系のメディアを通じて公開されたが、録音時期はわかっていない。 2018年に入っても、生存説が議論されてきたが、2019年4月29日にインターネット上でバグダーディー本人とされる映像が公表された。 2018年頃から、アメリカやトルコ、イラクなどの関係者は、拘束した複数の幹部らからバグダーディーの所在に関する有力な情報を把握し始めた。この頃は、自身の居場所が検知されないよう、シリア北西部のイドリブ県などを転々とし、ぎっしりと野菜を積んで偽装したミニバスの車中で司令官らと組織の戦略について協議する状況にあった。
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