近代のカリフ自称者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 00:50 UTC 版)
同年1924年、預言者ムハンマドに連なるハーシム家出身であったヒジャーズ王国の王であるフサイン・イブン・アリーがカリフを名乗ったが、オスマン帝国最後の皇帝メフメト6世以外に目立った支持者はなくイスラム世界で広く承認されることはなかった。 その後はユースフ・アル=カラダーウィーら一部のイスラム主義者によりカリフ制の復活が唱えられたが、イスラム社会からは認められていない。現在、カリフ制統一国家樹立を目指す汎イスラーム主義的国際政治組織としてヒズブ・タフリールが存在する。イスラーム改革派「アフマディーヤ」は、カリフ制をとっている。 2014年には、イラク、シリア両国にまたがる地域を掌握した過激派組織ISILが、支配地域における国家としての独立と指導者のアブー・バクル・アル=バグダーディーのカリフ即位を宣言した。これに対してはカラダーウィーがカリフ即位宣言は無効であると表明するなど、この即位についてイスラム社会を含め国際社会で承認する動きはなく、バグダーディー自身も2019年10月にアメリカ軍の特殊部隊によって殺害された。バグダーディーの死後、アブイブラヒム・ハシミが後任となったが、これも自称カリフにとどまり、2022年2月にアメリカ軍特殊部隊に殺害された。ISILは同年3月に後任となる指導者の就任を発表したが後継者のカリフ就任については明言していない。
※この「近代のカリフ自称者」の解説は、「カリフ」の解説の一部です。
「近代のカリフ自称者」を含む「カリフ」の記事については、「カリフ」の概要を参照ください。
- 近代のカリフ自称者のページへのリンク