稚泊連絡船とは? わかりやすく解説

稚泊連絡船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/12 14:30 UTC 版)

稚泊連絡船(ちはくれんらくせん)は、1923年から1945年まで、日本の鉄道省により北海道稚内樺太大泊の間で運航されていた航路鉄道連絡船)である。


  1. ^ 樺太庁鉄道事務所・編集発行『樺太の鉄道旅行案内』(1928年)、104頁。荒山正彦監修・解説『シリーズ明治・大正の旅行 第I期 旅行案内書集成』第13巻(北海道旅行案内/樺太の鉄道旅行案内)、ゆまに書房、2014年に収録、614頁。
  2. ^ 『樺太の鉄道旅行案内』105頁。『シリーズ明治・大正の旅行』第I期615頁。
  3. ^ 樺太庁鉄道事務所・編集発行『樺太の鉄道旅行案内』(1928年)、103-104頁。荒山正彦監修・解説『シリーズ明治・大正の旅行 第I期 旅行案内書集成』第13巻(北海道旅行案内/樺太の鉄道旅行案内)、ゆまに書房、2014年に収録、613-614頁。
  4. ^ a b 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 266-267頁
  5. ^ 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 90-91頁
  6. ^ a b c d e f g 古川達郎 2001, pp. 85–94, §1.10.6 稚内-大泊連絡(稚泊航路・その1)
  7. ^ a b c d e f 古川達郎 2001, p. 351, 付表3「主要航路における鉄道連絡船就航期間」
  8. ^ a b 古川達郎 2008, pp. 52–56, §3.水陸連絡施設の変遷 1.稚泊航路
  9. ^ http://hs-line.com/ 北海道サハリン航路株式会社


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稚泊連絡船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/12 15:35 UTC 版)

田村丸」の記事における「稚泊連絡船」の解説

1922年大正11年11月1日当時宗谷線浜頓別経由稚内まで達した対岸樺太庁鉄道では、樺太東線が既に大泊から樺太庁所在地豊原経てオホーツク海側栄浜海岸まで達していた。翌1923年大正12年5月1日、この両鉄道をつなぐ稚泊連絡船航路が、当時青函航路所属していた元関釜連絡船 壱岐丸初代)就航によって開設され同年6月8日からは同じく関釜連絡船で、稚泊航路用に砕氷船化工事施した対馬丸初代)本格投入し、壱岐丸はいったん青函航路戻った。翌1924年大正13年7月28日には、砕氷船化工事施工済み壱岐丸初代)稚泊航路本格就航させ、砕氷船2隻による、4月12月毎日夜行1往復12月隔日昼行1往復1~3月1ヵ月昼行12往復運航した。ところが1925年大正14年12月17日対馬丸初代)夜間稚内港入港の際、吹雪針路誤り稚内港外野寒布岬灯台北西座礁全損する事故発生したこのため既に函館1年以上係船されていた田村丸入渠整備のうえ、流氷恐れのない1926年大正15年4月16日から11月8日まで稚泊連絡船として運航し、翌1927年昭和2年)も4月7日から10月21日まで稚泊連絡船として運航し1日1往復運航支えその後再び函館係船された。稚泊航路にはこの後1927年昭和2年12月8日対馬丸の代船として建造され本格的砕氷船亜庭丸就航した

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稚泊連絡船

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対馬丸 (連絡船・初代)」の記事における「稚泊連絡船」の解説

1922年大正11年11月1日当時宗谷線浜頓別経由稚内1939年昭和14年2月1日南稚内改称)まで達した宗谷海峡隔てた対岸樺太庁鉄道は、樺太東線が既に大泊から樺太庁所在地豊原経てオホーツク海側栄浜海岸まで達していた。 稚内大泊を結ぶ稚泊航路167キロ90海里)と、従来からの小樽発着航路420キロ比べ格段に短く東京 - 豊原駅間が小樽 - 大泊航路経由では夏季最短でも約60時間要したのに対し、稚泊連絡船経由ではほぼ確実に57時間となるものであったこのため1921年大正10年)頃より樺太住民の声に押され樺太庁長官度重なる陳情もあり、鉄道省1923年大正12年1月8日稚泊航路開設決定し同年2月5日、その運航開始日を5月1日決定した

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