発端から企画の始動までとは? わかりやすく解説

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発端から企画の始動まで

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/15 15:34 UTC 版)

白蛇伝 (1958年の映画)」の記事における「発端から企画の始動まで」の解説

日本発の初のカラー長編アニメ白蛇伝』が作られるきっかけとなった映画に、香港ショウ・ブラザーズ共同制作した『白夫人の妖恋』(1956年東宝)がある。池部良山口淑子八千草薫らが出演したこの実写映画は、中国説話白蛇伝』を題材にしており、香港興行的に大成功収めた。これを受け、『白夫人の妖恋』をアニメ化する企画が、香港の映画界から東映持ち込まれた。 これがきっかけとなり、当時東映社長大川博は、香港下請けとしてでなく、独自の本格的なアニメ映画をつくることを考え始めた当時大きな興行収益上げアニメディズニー映画のみだったが、日本においてアニメ映画製作の体勢整えていけば、将来大きな産業になるのではないかという、鉄道省役人から東急専務、そして東映社長へ叩き上げてきた大川の、経営者としての予測もあった。 2時間規模のカラーアニメ映画目指し東映教育映画部が中心となって白蛇伝』の企画スタートした。この企画のために集められスタッフには、赤川次郎実父である教育映画部の赤川孝一キャラクター原案美術担当する岡部一彦漫画家岡部冬彦実兄)、NHK技研出身美術担当橋本潔、演出担当藪下泰司などがいる。 とはいえこの当時日本には、アニメ制作する会社影絵動画含めてもごく少なく、そのいずれもが僅かの社員抱えるのみの小会社だった。例え業界最大手だった日動映画ですら、社員20数名社屋のない会社であり、高校空き教室間借りしアニメ製作をしているような状態だった。 また、それまで作られ最大規模アニメ映画大戦中の国策映画『桃太郎 海の神兵』1945年松竹動画研究所白黒)で、上映時間74分だった。アニメーション専門家と言える人材がいない状況で、2時間規模のカラーアニメをつくろうとするこの試みは、当時常識から考えて極めて無謀とも言えた。 東映は、動画会社吸収短編動画制作動画スタジオ建設スタッフ養成など、数年がかりでアニメーション制作体勢整えつつ、その集大成として長編アニメ白蛇伝』を完成させるという大がかり計画立てた1957年昭和32年6月末、『白蛇伝』の制作正式に記者発表された。

※この「発端から企画の始動まで」の解説は、「白蛇伝 (1958年の映画)」の解説の一部です。
「発端から企画の始動まで」を含む「白蛇伝 (1958年の映画)」の記事については、「白蛇伝 (1958年の映画)」の概要を参照ください。

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