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深井智朗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/09 03:28 UTC 版)

深井 智朗
人物情報
生誕 (1964-12-03) 1964年12月3日(60歳)
日本埼玉県
国籍 日本
出身校 アウクスブルク大学ドイツ語版哲学・社会学部博士課程修了[1]
学問
研究分野 ドイツ宗教思想史[1]
研究機関 聖学院大学
金城学院大学
東洋英和女学院大学
学位 Dr. Phil.(アウクスブルク大学)[1]
博士(文学)京都大学[1]
主要な作品 #著作
学会 日本基督教学会
日本哲学会
日本宗教学会
主な受賞歴 中村元賞(『超越と認識』)[2]
日本ドイツ学会奨励賞(『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム』)[2]
韓国出版文化賞(『思想としての編集者』)
読売・吉野作造賞(『プロテスタンティズム』)(研究不正行為の発覚により、受賞取り消し)
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深井 智朗(ふかい ともあき、1964年12月3日[3] - )は、日本の宗教学者[4]ドイツ思想史の研究者、牧師。学校法人キリスト教若葉学園理事長[5][6]2017年10月から2019年5月10日まで東洋英和女学院院長、同大学教授を務めた。

来歴

埼玉県出身[7]1989年東京神学大学大学院修士課程を修了後、1992年からアウクスブルクミュンヘン哲学社会学神学を修め、1996年アウクスブルク大学ドイツ語版哲学・社会学部で哲学博士(Dr. Phil.)[8][9]。1996年から2012年まで聖学院大学教授。2012年から2016年まで金城学院大学教授。2016年から2019年5月10日まで東洋英和女学院大学人間科学部教授2017年10月から2019年5月まで学校法人東洋英和女学院院長。青山学院大学東京大学大学院立教大学大学院国際基督教大学等の非常勤講師、客員教授も務めた。また2000年から2012年まで日本基督教団滝野川教会で牧師を務めていた[10][11]。2018年より日本基督教団愛泉教会牧師[12][13][14]

2005年、「超越と認識 20世紀神学史における神認識の問題」で京都大学博士(文学)。また『超越と認識』で第13回中村元賞、『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム』で2009年度日本ドイツ学会奨励賞受賞、2015年韓国語に翻訳された『思想としての編集者』が2015年の韓国出版文化賞を受賞した。

研究不正行為

事の発端

2013年青山学院大学総合研究所客員研究員(当時)の小柳敦史は、深井が前年に発表した著書『ヴァイマールの聖なる政治的精神:ドイツ・ナショナリズムとプロテスタンティズム』の書評日本基督教学会の学会誌『日本の神学』第52号に寄稿し、その中で「出典が不明な引用注釈での不正確な文献情報・参照指示が数多くみられる」と指摘[15]。「深井の著作については、すでに同誌第49号にて同志社大学神学部教授の水谷誠も同様の指摘を行っている」として[注 1]、深井の文献資料の取り扱いに苦言を呈した[17]

小柳はその後も深井の著作の検証を進め[18]、深井が『ヴァイマールの聖なる政治的精神』中で展開した論考において示した論文書誌情報が公開されていなかったことに疑問を抱いた小柳は、日本基督教学会を経由して深井の研究不正の疑いに関する公開質問状を送り、これが2018年9月25日付の学会誌に掲載された[19]。小柳は当該論文「今日の神学にとってのニーチェ」やその著者とされる「神学者カール・レーフラー」について調査した結果、「単なる『間違い』ではなく、深井氏による創作であると疑われる内容が含まれることが判明」したと指摘した[20]

この学会誌の記事を『キリスト新聞』のWeb版「Kirishin」が2018年10月4日付で取り上げて報じると、週刊誌が飛びついたのを皮切りに拡大していった[21][注 2]。2018年11月に東洋英和女学院大学は「研究活動上の不正行為の疑いがある」として、6名の委員(学内者3名、学外者3名)で構成される調査委員会を設置した[19]。調査委員会から複数の指摘について説明を求められた深井は、カール・レーフラーについて、著書に記された「Carl Loevler」の綴りは誤記で、正しくは「Carl Fritz Loeffler」で美術史家フリッツ・レーフラードイツ語版(Fritz Löffler、1899年 - 1988年)のことであると主張するなど、指摘事項についてひと通りの釈明をした[23]

不正の認定

2019年5月10日、東洋英和女学院大学の調査委員会は研究活動上の不正行為(盗用および捏造[24])があったと認定し[23]、同学院はこれを受けて開催した臨時理事会で深井を懲戒解雇処分とすることを決定した[25]。調査では、深井が『ヴァイマールの聖なる政治的精神』で紹介した「神学者カール・レーフラー」は存在せず、その論文も捏造であることが認定された[24]。また、『図書』に掲載された論考中に述べられている「エルンスト・トレルチの家計簿」の根拠資料となるものについても、捏造と認定された[26]

研究活動上の特定不正行為に関する公表概要では、深井に対して「実在しない人物と論文を基に本件著書を書き、その著書の一部にて他者の文献より適切な表示をせず引用を行なった。また、実在しない架空の証拠を基に本件論考を著した。これらについて、本調査委員会は、研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務の著しい懈怠があったとして、特定不正行為(捏造・盗用)が行なわれたものと認定する。」と断じている[27]。さらに、深井が調査委員会に対する説明を二転三転させたり、無関係な資料を提出したりしたことによる「立証妨害」も認定された[26]

なお深井本人は、一部に関して「想像で書いた」などと説明し、意図的な研究不正を認めていない[24]

その後

騒動を受けて『ヴァイマールの聖なる政治的精神』の発行元の岩波書店は、2019年5月13日付で同著書を絶版とした上で、可能な限り回収することを決定した[28]。報道などで問題が指摘されてから編集者が深井に問い合わせたが、明確な回答はないという[29]

また、2018年読売・吉野作造賞(第19回)に選ばれた深井の著書『プロテスタンティズム:宗教改革から現代政治まで』の授賞の取り消しが、2019年5月17日に発表された[30][31][32]。同著には捏造などの不正は認められなかったが、深井の研究姿勢に「重大な問題がある」と判断し、取り消しを決めたという[33]

2019年10月7日北海学園大学で「人文学の学問性をどう担保するか」と題したシンポジウムが執り行われた[34]。趣旨説明によると、次のような一連の出来事によって「この一件には人文学/人文科学に関わる重大な問題が絡んでいると思ったから」であるという[35]

今回の事件に関する一般人のネットの書き込みを読んでみると、自然科学と違って所詮人文学/人文科学は、フィクションや主観が多分に入り込む学問であって、深井氏が行った捏造や盗用は責められるべきであるが、果たして懲戒解雇に値するほどのものだったのか、程度問題ではあるが似たり寄ったりのことは、大なり小なり人文学者/人文科学者が日常的にやっていることではないか(たとえばウィキペディアの記事のコピペなど)、というのが少なからずあった。なかには、小保方晴子氏によるSTAP細胞に関する研究不正と,深井氏の今回の研究不正とを比較対照して、後者は前者に比べて圧倒的に軽微なものであって、したがって懲戒解雇という処分は明らかに不当である、という深井氏擁護論もあった。わたしは一般の人々のなかに、そのように考えている人が少なからずいることに愕然とすると同時に、人文学や人文科学に携わる者の責任も痛感した。 — 安酸敏眞、[35]

その後、シンポジウムに登壇した小柳は、「不正が生み出された要因」や「神学史の研究倫理」などについて述べた上で、「深井氏の事例から見えてくるのは、学問性に問題のある深井氏の研究結果が多くの読者を獲得するに至る過程には、学会および学界が深井氏に与えてきた肯定的評価が影響を与えてきたということ、一方、深井氏の研究不正の検証にあたっては、学会は十分な役割を果たせていないということ」であると指摘している[36]。またフリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフドイツ語版は、アカデミックな不正行為と戦うための基準として、「オープンに議論する文化」「研究機関と研究組織が、違反についての透明で適切な取り扱いと、良い研究実践についての明確なポリシーと手続きを提供することにリーダーシップを発揮すること」「学問についての公共的理解の実践」「透明性がある違反事例の公表」を挙げている[37]

著作

共編著

翻訳

脚注

注釈

  1. ^ 水谷は『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム:ヴィルヘルム帝政期における神学の社会的機能についての研究』について、「用語の無造作な使用、論旨の不整合と混乱、不明瞭な指示語、不要な形容語の多用が、随所に見られる」ことや、注釈の不備が散見されることを指摘している[16]
  2. ^ 安酸敏眞は「名門のキリスト教女学院院長を務める有名神学者の不正疑惑問題なので、ニュース的価値が高かったのであろう」と推測している[22]

出典

  1. ^ a b c d ドイツ的大学論 (転換期を読む) 著者紹介”. honto. 大日本印刷. 2018年11月9日閲覧。
  2. ^ a b 著者に聞く 『プロテスタンティズム』/深井智朗インタビュー”. web中公新書. 中央公論社 (2017年7月20日). 2019年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月10日閲覧。
  3. ^ 読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.339
  4. ^ 著作に捏造と盗用、東洋英和・深井院長を懲戒解雇”. Yahoo!ニュース(読売新聞配信記事) (2019年5月10日). 2019年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月10日閲覧。
  5. ^ 山形県私立学校名簿 : 令和6年8月”. 山形県. p. 7. 2025年2月24日閲覧。
  6. ^ 伊勢原幼稚園で講演会 参加者募集 ドイツ夫人の子育てとは 講師に深井智朗氏 | 伊勢原”. タウンニュース (2024年9月20日). 2025年2月24日閲覧。
  7. ^ 第19回(2018年度)読売・吉野作造賞 読売・吉野作造賞2018 深井智朗氏「プロテスタンティズム」”. 読売新聞. 2019年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月10日閲覧。
  8. ^ Fukai, Tomoaki (1996). Paradox und Prolepsis: Geschichtstheologie bei Reinhold Niebuhr und Wolfhart Pannenberg (Mikrofiche-Ausg. ed.). Marburg: Tectum-Verl.. ISBN 9783896086471. https://portal.dnb.de/opac.htm?method=simpleSearch&cqlMode=true&query=idn%3D948871059 
  9. ^ 大学礼拝 第109号” (PDF). 東北学院. 2019年5月12日閲覧。
  10. ^ 雜賀信行(さいか・のぶゆき) (2019年5月10日). “東洋英和女学院、深井智朗院長を懲戒解雇 | クリスチャンプレス”. www.christianpress.jp. 2019年5月15日閲覧。
  11. ^ 【4703号】2010年度新任教師オリエンテーション - 日本基督教団公式サイト”. 2019年5月15日閲覧。
  12. ^ 愛泉教会の御案内”. 社会福祉法人愛の泉. 2020年7月26日閲覧。
  13. ^ 日本キリスト教団 愛泉教会 (あいせん)”. 日本基督教団関東教区埼玉地区. 2021年1月5日閲覧。
  14. ^ 2020年2月23日 特別伝道礼拝「あとになってわかること」”. 日本基督教団原町田教会 (2020年2月1日). 2021年1月5日閲覧。
  15. ^ 小柳敦史 (2013), p. 143.
  16. ^ 水谷誠 (2010), pp. 178–179.
  17. ^ 小柳敦史 (2013), pp. 143–144.
  18. ^ 東洋英和女学院 論文ねつ造などで深井院長を懲戒解雇 - NHKニュース」『NHKニュース日本放送協会、2019年5月10日。2019年5月17日閲覧。(アーカイブ)
  19. ^ a b 「学院長、引用文献不正の疑い/東洋英和女学院、調査へ」『朝日新聞』2018年11月10日、朝刊、34面。
  20. ^ 芦名定道, 小柳敦史 & 深井智朗 (2018), p. 226(小柳敦史「深井智朗氏への公開質問状」)
  21. ^ 安酸敏眞 (2020), pp. 4–5.
  22. ^ 安酸敏眞 (2020), p. 5.
  23. ^ a b 深井智朗氏の著書及び論考に関する調査結果報告” (PDF). 東洋英和女学院大学. 2021年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月15日閲覧。
  24. ^ a b c 日本放送協会. “論文不正で東洋英和女学院長解雇|NHK 首都圏のニュース”. NHK NEWS WEB. 2019年5月10日閲覧。(アーカイブ)
  25. ^ 研究活動上の不正行為に関する調査結果について”. 東洋英和女学院大学. 2021年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月10日閲覧。
  26. ^ a b 「「でっちあげ」学院長を非難/架空の神学者・論文」『朝日新聞』2019年5月11日、朝刊、35面。
  27. ^ 東洋英和女学院大学における研究活動上の特定不正行為に関する公表概要” (PDF). 東洋英和女学院大学. p. 3. 2021年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月11日閲覧。
  28. ^ a b 謹告(深井智朗氏『ヴァイマールの聖なる政治的精神』ほかについて)――”. 岩波書店. 2019年5月17日閲覧。
  29. ^ 「東洋英和前院長の著書絶版」『朝日新聞』2019年5月14日、朝刊、25面。
  30. ^ 元東洋英和院長の「読売・吉野作造賞」受賞取り消し”. 産経ニュース (2019年5月17日). 2025年4月1日閲覧。
  31. ^ 日本放送協会. “研究不正の東洋英和女学院元院長 読売・吉野作造賞を取り消し”. NHKニュース. 2019年5月17日閲覧。
  32. ^ 読売が授賞取り消し 論文捏造した東洋英和前院長の著書”. 毎日新聞. 2019年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月17日閲覧。
  33. ^ 「捏造問題受け授賞取り消し」『朝日新聞』2019年5月18日、朝刊、37面。
  34. ^ 北海学園大学人文学会第7回大会シンポジウム「人文学の学問性をどう担保するか」」『北海学園大学人文論集』第69号、北海学園大学人文学部、2020年8月、1頁、 ISSN 0919-9608 
  35. ^ a b 安酸敏眞 (2020), p. 8.
  36. ^ 小柳敦史 (2020), p. 34.
  37. ^ フリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフ (2020), pp. 16–17.

参考文献

関連項目

外部リンク




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