池田蕉園
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池田 蕉園(いけだ しょうえん、1886年(明治19年)5月13日 [1]- 1917年(大正6年)12月1日[2])は、明治から大正にかけての女性浮世絵師、日本画家。本名池田(旧姓榊原)百合子(あるいは由理子[3])。夫も日本画家の池田輝方。
注釈
- ^ なお日本美術院百年史・第3巻上では4人姉妹の長女としている。
- ^ 「この日いつでも真先に買約を付ける博文館の大橋新太郎氏」が「買約済みの札を貼ったは『雨のあと』紺谷光俊氏(価格五十円)、『つやさん』樋口富麿氏(五十円)、『かえり路』池田蕉園女史(三百五十円)、『霜月十五日』河崎蘭香女史(二百五十円)」とあり、このほかにも幕内誠雲「秋景山水」に五十円、速水松琴「葉桜」に八十五円、伊藤少坡「製作の前」に百七十円、高島岑楓「涼気」に六十円の値がつけられた、と報じられている(時事新報・大正4年10月16日)。
出典
- ^ a b c 監修 細野正信『日本美術院百年史3巻上』財団法人日本美術院、49、784頁。
- ^ 佐藤靄子『日本名画家伝』青蛙房、1967年11月25日、137頁。
- ^ 日本女性人名辞典 72ページ
- ^ a b 大正ニュース事典 第3巻 20ページ
- ^ 松浦あき子 (1988). “池田蕉園の人と芸術”. 三彩 (484): 84.
- ^ 日本美術院百年史 3巻上・図版編 784ページ
- ^ 大正ニュース事典 第2巻 757ページ
- ^ 大正ニュース事典 第2巻 757ページ 「池田輝方、同蕉園両氏の絵の前に立った二人の若い婦人は‥‥『お二人ともどうしてこのように髪の線描きが似て居るのでせうね』『詰まりお名前が違つても、両方でお手伝いをなさるのよ』『まァ流石御夫婦は違ったものね』」(大正4年10月16日 時事新報)
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