毛沢東バッジ・「肖像バッジ」の収集
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「櫻井澄夫」の記事における「毛沢東バッジ・「肖像バッジ」の収集」の解説
多年の中国駐在中に毛沢東バッジ、文化大革命以前の初期バッジを収集する。 大量の毛沢東バッジが流通した文化大革命時以前にも、多種の毛沢東崇拝に由来する毛バッジが製造されており、それらは中華人民共和国の政府関連機関によって様々な行事参加章、記念章、褒章、勲章などに使用され、物資が不足していた中国で、身につける数少ない金属製品として、共産党の活動や毛沢東の崇拝に活用されたこと、そして、この種のバッジの歴史がそれまでの通説より20年以上さかのぼること、中国の「肖像バッジ」の源流は、ソ連や蔣介石などのバッジにあることなどを、バッジの中国全土のマーケット、収集家、政府機関などの旧幹部など広範のルートからの収集、分類、体系化により明らかにし、毛沢東バッジが中国で持つ社会的な役割を明らかにし、これが文化大革命に突然現れたものではないことをはっきりさせた。 その収集内容の多彩さが中国人の収集家をおどろかせ、文革バッジ一辺倒だった中国人収集家に、バッジは収集だけするものではなく、歴史学に活用すべきものと実例を示し、この方面に眼を開かせたとのことである。 特に文革への関心から始まった中国や欧米のバッジの収集や研究として、例えば2008年に出版された大英博物館の毛沢東バッジの図録、"Chairman Mao BadgesーーSymbols and Slogans of the Cultural Revolution"では、文革以前の毛沢東バッジは一枚も紹介されていないが、櫻井は文革期以前だけで約600種を収集したという。 また、1940年代後半頃の、共産党による山西省の解放区で作成された極めて珍しい鄧小平バッジ、東北の実力者であった高崗のバッジを収集、毛沢東だけでなく、鄧小平まで含めた個人崇拝につながる「肖像バッジ」が中国社会で持っていた役割についても研究を進めている。バッジの現物のみならず、中国各地からの、関係の文献や昔のバッジの金型までをも収集の対象としており、バッジを活用して、中国を歴史学あるいは社会学的に多面的に研究を進めている。 更に、中国のバッジのみならず、朝鮮戦争関係のバッジ、毛沢東バッジの影響により作製された北朝鮮の金日成バッジ、スターリンバッジなどの毛沢東バッジ以外の肖像バッジとその関連資料の収集、研究も行っている。 金日成と毛沢東や中国との関係を表すさまざまなバッジに関する記事を月刊『しにか』に「バッジで見る朝鮮戦争」として寄稿し、この中で、朝鮮戦争中に中国により日本批判(米軍に対する協力や哨戒艇の派遣などが原因であろう。)のバッジが作られていたことの実例を、写真で示した。金日成、金正日バッジの収集のために、中朝国境付近にも赴いているという。
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