橋本脳症と抗NAE抗体の発見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 09:44 UTC 版)
「橋本脳症」の記事における「橋本脳症と抗NAE抗体の発見」の解説
橋本病は1912年に日本人の橋本策氏によって見出された自己免疫性の慢性甲状腺炎である。橋本病には精神・神経症状(脳症)を伴うことがあり、多くは甲状腺機能低下症に伴う粘液水腫性脳症である。1966年英国の医師Brainらによって粘液水腫性脳症とは異なる橋本病に伴う自己免疫性脳症の1人の患者が報告された。1991年に英国のShawらによって同様の5症例が報告されこのときはじめて橋本脳症(Hashimoto encephalopathy)という新しい疾患名が提唱された。しかし橋本脳症は早期診断と治療によって軽快する疾患にもかかわらず、臨床徴候が多彩であるため診断は容易ではなかった。そのため、独立した疾患単位としての異議が呈された時期もあった。福井大学の米田らは血清中のバイオマーカーをプロテオミクスの手法を用いて自己抗体とその抗原を検索した。臨床的に橋本脳症と考えられる患者血清が脳蛋白と特異的に反応するスポットを二次元電気泳動(SDS-PAGE/等電点)を用いて網羅的にスクリーニングし、抗原候補分子として解糖系酵素αエノラーゼを同定した。検証のため、全長αエノラーゼcDNAをヒト脳ライブラリーよりクローニングし、Hu抗原などで行われているように大腸菌で大量発現させ組み換え、全長αエノラーゼ蛋白を調節した。しかしこれを用いた免疫グロットでは橋本脳症患者と対照者で全く差がみとめられなかった。大腸菌と異なり真核生物では遺伝子が蛋白質に翻訳された後にリン酸化やメチル化などの翻訳後修飾が起こることがしられている。そこで翻訳後修飾が免疫反応性に影響している可能性を考慮してヒトの培養細胞を用いて全長αエノラーゼを調整したところ、橋本脳症患者血清と対照者で差が認められた。さらに患者と対照血清間での特異性を高めるためαエノラーゼをN末端、C末端、それ以外の中央部に分けて免疫反応性を検討した。橋本脳症患者血清はN末端のみに特異的に反応し、中間部とは反応せず、C末端部位は正常血清でも弱いながら反応することがわかった。米田らはこの橋本脳症患者の血清中にあるαエノラーゼのN末端領域に反応する自己抗体を抗NAE(NH2-terminal of alpha-enolase)抗体と命名した。このヒト培養細胞から合成・精製した組換NAE蛋白は、他のウイルス性脳炎、膠原病などの炎症性疾患や免疫性疾患患者の血清とは反応しないこともあきらかとなり橋本脳症の診断バイオマーカーとして有用であることが判明した。αエノラーゼに対する自己抗体は全身性エリテマトーデスやベーチェット病の患者でも報告されている。しかしこれらの報告で用いられているのは大腸菌で合成・精製された全長のαエノラーゼ蛋白でありNAE蛋白とは異なると米田らは主張している。また前述のようにαエノラーゼは様々な翻訳後修飾をうけることが知られている。なお抗NAE抗体以外の抗体の報告もいくつかある。 橋本脳症の臨床スペクトラムは抗NAE抗体陽性例で検討されている。注意するべき点としては抗NAE抗体は特異度90%、感度50%の診断マーカーであり抗体陰性であっても橋本脳症は否定できない。
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