明仁の退位まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 15:14 UTC 版)
「明仁から徳仁への皇位継承」の記事における「明仁の退位まで」の解説
「退位の礼」も参照 2019年3月12日10時ごろ、明仁は皇祖神を祭る場所である、皇居の賢所で、自身が4月30日に退位する旨の御告文を読み上げる「賢所に退位及びその期日奉告の儀」に臨んだ。また、午前中のうちには、同様の行為を歴代の天皇並びに皇族の霊を祀る皇霊殿、神々を祀る神殿でも行う「皇霊殿神殿に退位及びその期日奉告の儀」に臨んだ。同じ日の午後には、「神宮神武天皇山陵及び昭和天皇以前四代の天皇山陵に勅使発遣の儀」が御所で行われ、伊勢神宮と神武天皇、それに昭和天皇以前4代の天皇の陵に使者が派遣された。 3月15日には、この使者が午前には伊勢神宮外宮と昭和天皇陵、孝明天皇陵、午後には伊勢神宮内宮と明治天皇陵、大正天皇陵、この他神武天皇陵にも、明仁の2019年4月30日の退位を報告し、供え物をした( 神武天皇山陵及び昭和天皇以前四代の天皇山陵に奉幣の儀、神宮に奉幣の儀)。 3月26日には、「神武天皇山陵に親謁の儀」が行われ、明仁と皇后が神武天皇陵に玉串を捧げ、礼をした。そして、4月末の退位を報告した。4月18日には、「神宮に親謁の儀」が行われ、明仁と皇后が伊勢神宮外宮の正殿で、玉串を捧げ、礼をした。そして、4月末の退位を報告した。午後には内宮を参拝した。4月23日には、「昭和天皇山陵に親謁の儀」が行われ、明仁と皇后が昭和天皇陵で玉串を供え、礼をした。そして、4月30日の退位を報告した。 ファイル:Ceremony of the Abdication from the Throne.jpg 退位礼正殿の儀 明仁は4月27日に主要公務を終えた。4月30日10時過ぎ、「退位礼当日賢所大前の儀」が行われ、明仁が賢所で御告文を読み、退位の礼を行うことを報告した。続いて午前中のうちには、「退位礼当日皇霊殿神殿に奉告の儀」が行われ、明仁は賢所で行ったのと同様の行為を皇霊殿・神殿でも行った。17時過ぎからは、最後の儀式である退位礼正殿の儀が皇居宮殿正殿・松の間で、約300人が参列して行われた。 ウィキソースに退位礼正殿の儀における天皇陛下のおことばの原文があります。 明仁は、(1989年1月7日の即位以来約30年すぎの在位にあって)自身を支え、受容した国民に感謝し、翌日から始まる新しい令和時代が、実り多く平和な時代になることを願う内容の言葉を述べた。その後、明仁は皇族や宮内庁、皇宮警察職員から挨拶を受け、19時過ぎに住まいに戻り、側近からも挨拶を受けた。そして同日をもって、明仁は天皇として202年ぶりに退位し、同時に「平成(へいせい)」の時代は幕を閉じた。
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