旧葛西橋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/16 01:55 UTC 版)
現在の葛西橋が完成する以前は、300 mほど上流の清洲橋通りの延長線上であった江東区南砂町(現・江東区東砂六丁目交差点東側)から江戸川区小島町(現・江戸川区西葛西一丁目の最北端付近)に木橋脚で鉄製の桁を持つRC(鉄筋コンクリート)床版の橋がかけられていた。これが「旧葛西橋」である。この橋は、荒川放水路の掘削に合わせて1928年(昭和3年)2月に開通した荒川放水路に架かる橋長549.5 m、幅員4.5 mの葛西橋と、同年に開通した中川に架かる橋長147.3 m、幅員4.5 mの葛西小橋からなっていた。 現在の江戸川区西葛西付近、江東区南砂付近の埋め立てが行われていない時期であり、荒川の最下流の橋であったため、ハゼ釣りの名所として、橋上には釣り人がたえなかった。そのため、橋詰には多くの釣具屋が軒を連ね、釣り船の桟橋も多く存在した場所である。 路線バスも通行する片側一車線の橋ではあったが、橋脚が木製ということもあって耐久性に問題があり、1950年(昭和25年)に老朽化のために崩落事故を起こす。その後復旧されたが、自動車の通行が禁止され、仮設の人道橋として細々と使い続けられたが、1963年(昭和38年)10月7日に現在の橋が架橋され、その役目を終えた。 なお、中川に架かる奥戸橋は、1949年(昭和24年)8月に架け換えられた際に葛西橋の橋材が再利用されていた。 現在は江東区側の土手上に旧葛西橋跡の説明板が設けられているのみだが、付近には往時を偲ばせる釣具屋や屋形船屋が立ち並んでおり、江東区側に50 mほどの「葛西橋商店街」が、また「旧葛西橋」という名称の交差点やバス停留所としても、その名を残している。 1981年(昭和56年)4月10日に、「旧葛西橋跡」として江東区の史跡に指定された。
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