日本、ドイツ等での成功:1977年
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「バスター (バンド)」の記事における「日本、ドイツ等での成功:1977年」の解説
1977年1月、イギリスでシングル「恋はOK!」を、2月にはデビュー・アルバム発売、イギリス国内12都市をツアーした。RCAの日本における事業であったRVC(後のBMG)は、「すてきなサンデー」の日本でのプロモーションを開始し、3月25日に発売した。このシングルは、洋楽チャートでは1位をとり、総合チャートでもトップ15位入り、12週チャートインの大ヒットとなり、1ヶ月後に発売したアルバムも総合チャートで22位、9週連続チャートインした。その年、シングル4曲が日本でリリースされ、いずれも洋楽トップ20入りのヒットとなった。当時人気のラジオチャート番組「オールジャパン・ポップ20」では、「すてきなサンデー」は、7週連続1位を記録、シングルすべてが3位〜5位を獲得、いずれも数ヶ月にわたってトップ10に入るなど(しばしば複数曲がチャートイン)、立て続けにヒットを飛ばした(その他資料)。3枚目のシングル「夢みるダンス」では同曲をフィーチャーして、森永チョコフレークのCMにも登場した。ファンクラブの発足、10月には文化放送(全国ネット)でラジオ番組「夢見るバスター」が始まり、雑誌でも毎月特集が組まれるなど急速に人気が高まった。当時、洋楽アイドルが日本で相次いでデビューするなか、バスターもアイドルバンドして売り出されその人気も高かった一方、ロック志向が強くバンドの演奏力が高いと評判を呼んだ。来日時のライブ演奏やテレビ出演時の生演奏は、それを裏付けるもので、大森庸雄氏や八木誠氏といった音楽評論家をうならせ、音楽ファンやギター少年少女を魅了した。 1977年ドイツでは、「すてきなサンデー」「恋はOK!」が続けてヒット、音楽雑誌の表紙を飾る人気ものになった。4月、8月から9月にかけて、11月と3回、大きなツアー公演を行ない、ドイツのTV番組「German TV-Show "Disco" 」などテレビ出演も果たした。 バスターは、クリスマスの時期、日本、フィリピン、オーストラリアをツアーした。日本では、来日時の様子がNHK「ニュースセンター9時」のトップニュースになったり、NHK「レッツゴーヤング」やTBS「ぎんざNOW!」への出演などテレビに大きく取り上げられ、12月25日の武道館における1日2回の公演を含む日本ツアーを成功させた。日本でのレコード売上により、ゴールドディスクも獲得した。次の訪問地マニラでは8,000人を集める大コンサートを行った。オーストラリアでは、1977年12月31日から1978年1月末まで開催された最初のシドニー・フェスティバル(英語版)(当時の名称は Festival of Sydney)の一部として、シドニー・オペラハウスで演奏した。
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