教育の提案
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「マーサ・レイン・コリンズ」の記事における「教育の提案」の解説
1985年1月、コリンズは再度教育資金の追加を提案し、また自ら州の教育と人間性長官を指名することで変化させた。コリンズと重要な議員数人は声明を出した後で、郡毎に一連の集会を開催し、提案する変更について提案し、州民がどのような変化を望んでいるか情報を求めた。その集会で自分の提案する教育計画と可能性ある増税との問題を分けるようにした。なぜなら税の問題が以前に一連の法案の成立を妨げたと考えたからだった。 コリンズは1985年6月に新しい教育改革提案を発表した。これには、教員給与の全体で5%増加、学級当たり生徒数の減少、校舎など建設計画の資金付け、州内幼稚園の先生全てへの援助、貧乏な教育学区をより裕福な学区の資金に等しくなるようにする「パワー平等化」プログラムなどがあった。議員から好意的な反応を受けた後、その計画を審議するために7月8日に特別会期を招集した。議会は2週間の審議を行い、コリンズの教育計画を承認し、その資金のために法人免許税を3倍の1,000ドル当たり2.10ドルにまでした。その他の費用を賄うために提案されたガソリン税1ガロン当たり5セントの増税は否決された。 コリンズは1985年特別会期での成功に続いて、1986年会期にもさらに高い教育資金の手当を推進した。議会は2年間予算で高等教育に対する1億ドルの追加予算を承認して答えた。また就学前パイロットプログラムの実施と新しい読み方教科書の購入も承認したが、州の職業訓練体系を改善するために要求した390万ドルの追加予算は否決した。コリンズが提案した州の教育監督官を選挙で選ぶのではなく、指命職にするという憲法修正について、住民投票に掛けることも承認した。住民投票は1986年11月に行われ、コリンズがその成立に向けて運動したにも拘らず否決された。しかし、法人免許税の増税分は増加した教育予算を賄えなかった。1987年、州所得税を変更して増収を図る計画は、コリンズの跡を継ぐことになる民主党知事候補のウォレス・ウィルキンソンがそれに対する反対を表明した時に、廃案とされた。
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