恐怖支配の時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/12 18:24 UTC 版)
「レオナルド・クロウドッグ」の記事における「恐怖支配の時代」の解説
逮捕されたレオナルドはカーター・キャンプとともにヘリコプターでサウスダコタ州ペニントンまで護送され、そこで釈放された。この夏、「サンダンスの儀式」のあと、マリー・エレン・ムーア(当時18歳)と結婚する。 「ウーンデッド・ニー占拠」が解かれると、合衆国、サウスダコタ州、オグララ族部族会議議長ディック・ウィルソンはAIMの徹底廃絶を目論み、パインリッジ保留地には「恐怖支配の時代」と後に呼ばれるテロの嵐が吹き荒れることとなった。サウスダコタ州司法長官ビル・ジャンクロウは、「AIMは全員、頭に銃弾を撃ち込むのが一番いい退治方法だ」と公言した。1976年までに100人近いインディアンがFBI、BIA(インディアン管理局)、グーンズによって殺害された。 1974年11月16日、姉のデルフィーン・クロウドッグがBIA警官によって撲殺された。デルフィーンは、継娘のジャンチタ・イーグルディアーの強姦事件を巡って、サウスダコタ州司法長官ジャンクロウの訴訟に関わっていた最中のことだった。1975年4月4日、継娘のジャンチタ・イーグルディアーが殺害された。7月25日、甥のアンドリュー・ポール・スチュアートがグーンズ員の白人ロバート・ベックに射殺された。 パインリッジ保留地ワンブリー村では、連邦政府によるテロへの対策のため、AIMがハリーとセリアのジャンピング・ブル夫妻の牧場に、オグララ族警護のための「ジャンピング・ブル野営」を張っていた。この警護野営にはレナード・ペルティエらAIMメンバーが多数参加していた。 1975年6月26日、カウボーイブーツの盗難容疑をかけられたジミー・イーグルというインディアンの捜査名目で、ロナルド・ウィリアムとジャック・コーラーという地域担当のFBI捜査官が、オグララ村のジャンピング・ブル野営地を襲った。200を数える人員が投入され、FBIやグーンズは、子供を含む老若男女が宿営しているこの集落を銃撃し襲いかかった。この襲撃で、警護に当たっていたAIMのジョー・スタンツ・キルズライト(当時18歳)と、FBIのロナルド・ウィリアムとジャック・コーラーが銃撃戦となり、3人とも死んだ。キャンプのまとめ役だったレナード・ペルティエはからくも脱出し、FBI捜査官殺害犯として、連邦から指名手配されることとなった。レオナルドはこのとき、アイオワ州シダーラピッズにいた。 9月2日、ロバート・ベックは、ビル・マックロウスキーという白人仲間と2人でレオナルドの甥のフランク・ランニング(当時16歳)を暴行し、半殺しの目に合わせた。同日夜半、父ヘンリーの誕生日を祝っていたレオナルド宅に、酔ったベックとマックロウスキーが車で押し掛け、暴れ始めた。ベックはフランクの父親に殴られ、2人は逃げだした。レオナルドはその後で現場に駆け付けたが、これは連邦政府にとって、AIM協力者であるレオナルドの逮捕理由となった。 9月5日未明、完全武装したFBI、州警察官、BIA、特殊部隊、グーンズなど185人がヘリコプター、軍事車両、軍事用ボートまで駆り出して「クロウドッグ・パラダイス」を襲い、一家を暴行し、レオナルドを逮捕した。レオナルドの家、自家用車が壊され、愛馬は射殺された。当時3歳だった息子のペドロまで暴行を受けた。捜査令状は発行されていなかったが、一団はレオナルドを始め、「クロウドッグ・パラダイス」にいたインディアン全員を木に縛り付けて「レナード・ペルティエの居場所を言え」と迫られた。 同じ時刻、FBIらはレオナルドの姉ダイナの家を襲い、夫や子供、友人すべてを逮捕し、「クロウドッグ・パラダイス」まで連行し、レオナルドら全員をサウスダコタ州ピエールまで護送した。
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