工 藤とは? わかりやすく解説

工藤

読み方:クドウ(kudou)

所在 山形県鶴岡市

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

工藤氏

(工 藤 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/12 07:20 UTC 版)

工藤氏
庵木瓜 いおりもっこう
本姓 藤原南家為憲流[1]
家祖 藤原為憲[1]
種別 武家
支流、分家 伊東氏(武家)
長野工藤氏(武家)
二階堂氏(武家)
鮫島氏(武家)
厨川氏(武家)
入江氏(武家)
天野氏(武家)
岡部氏 (藤原南家)(武家)
吉川氏(武家)
原氏(武家)
孕石氏(武家)
相良氏(武家)
中川氏(武家)
川井氏(武家)
分部氏(武家)
久須美氏(武家)
河津氏(武家)
宇佐美氏(武家)
伊豆南条氏(武家)
狩野氏(武家・画派
小出氏(武家)など
凡例 / Category:日本の氏族

工藤氏(くどうし)は、藤原南家の流れをくむ日本氏族のひとつ。

概要

仁寿8年(852年)、藤原為憲の官職が「木工助」であったため「工藤大夫」と称したのが源流(『尊卑分脈[1])。為憲の孫は駿河守 維景 これかげ

為憲の子孫は駿河国以外にも伊豆国狩野郷)、甲斐国などへ移り住んだ。為憲の子 維職 これもとは伊豆押領使となっている(『尊卑分脈』[1])。

駿河国の工藤氏から入江氏が出た。また工藤為憲の曾孫・入江馬允維清の孫、師清が原姓を自称して原氏となった。師清からは橋爪氏、原田氏久野氏孕石氏、小沢氏などが分かれ出た。

その後、駿河国に移住した駿河工藤に対して、東伊豆に移動した工藤氏の一派が「伊豆工藤」と称した[要出典]この「伊豆工藤」は後の「伊藤」姓の由来といわれる[要出典]。また、 伊豆工藤氏から分かれた奥州工藤氏は奥州移住前は甲斐国に移住していたことが知られている[要出典]

伊豆における工藤氏は平安時代から鎌倉時代にかけて勢力の伸張に従い鮫島氏、狩野氏伊東氏河津氏などそれぞれの地名を苗字とするようになった。中でも伊東氏南北朝時代日向国に移住し大きく栄えた。

また一族の工藤行政は、鎌倉幕府に仕えた際、鎌倉二階堂に屋敷を構えたのを機に"二階堂"を称し、その子孫は二階堂氏となった。また、奥州工藤氏や狩野氏のように得宗被官化してそれを足がかりを勢力を広げる者もあった。

奥州工藤氏は後に「栗谷川氏(厨川氏)」を名乗り、煙山氏、葛巻氏、田頭氏など多くの分派を広げた。また、遠江国井伊氏もその後裔と称した[注釈 1]

家紋

工藤家の家紋は「庵木瓜(いおりもっこう)」である。庵とは簡素な家、仮住まいのような小さな家のことを指す。なぜ庵を家紋にしたのか未だに明らかにされていないが、理由の1つとして「家」を強く表示するためと言われている。その証しに、庵だけで紋を構成することは少なく、その家の本紋を組み込んでいる。木瓜紋の場合は木瓜の訓み「もっこう」が「木工」に通じることから「木工助」の有職名を表し、さらに庵の中に収めることでその意味を強調している。なお、工藤家の家紋の中には丸に木瓜という物もある。また、庵だけで紋を構成しているのは本家だけという説がある。

甲斐武田氏家臣の工藤氏

甲斐国守護戦国大名である武田氏家臣には工藤一族の名が見られる。工藤昌祐は守護・武田信縄側近として活動し、伊勢御師・幸福大夫へ宛て返書に副状を付している[3]。また、工藤祐久も武田信縄もしくはその子息である武田信虎の側近であると考えられており、同様に伊勢・幸福大夫に対する返書に副状を付している[4]

武田信虎家臣の工藤氏

戦国時代には甲斐守護・武田信昌の子息である信縄と油川信恵の間で内訌が発生し、信縄の死後は信虎・信恵間で抗争が発生した。永正5年(1508年)12月5日には信恵に属した都留郡国衆小山田弥太郎が信虎に大敗して戦死した。小山田氏一門の境小山田氏の一族である小山田平三はこのとき伊豆国韮山の伊勢宗瑞(北条早雲)を頼り亡命しており、このとき共に亡命した人物として「工藤殿」がいる。この「工藤殿」は後述する工藤下総守虎豊にあたるとも考えられている。

武田信玄家臣の工藤氏

信虎の家臣には、『武田三代軍記』によると工藤虎豊[5]がおり、信虎の子・武田信玄の譜代家老には、虎豊の子である工藤昌祐(長門守)[4]と、その弟の工藤祐長(大和守昌秀)がいた。 昌秀は上野国箕輪城城代を務めている[5]。昌秀の初名は「工藤源左衛門尉」で、永禄12年(1569年)頃には「内藤修理亮」に改名している[6]

昌祐は箕輪城に在城し、昌秀の代わりを務めていたと考えられている[4]。天正3年(1575年)5月21日の長篠の戦いで昌秀が死去した後も箕輪城に在城し、城代代行を務めていたと考えられている[4]。天正7年(1579年)には昌秀の養子・昌月が箕輪城代として赴任するとこれを補佐する。

工藤喜盛(玄随斎喜盛)は天正8年(1580年)に原貞胤とともに奉行を引き継いだ。

なお、工藤昌祐と工藤喜盛は同一人物とする説と、別人とする説がある[4]

徳川氏家臣の工藤氏

工藤喜盛は、天正10年(1582年)3月の武田氏滅亡後、三河国徳川家康に仕え、徳川氏の甲斐支配を担った徳川四奉行の一人となった[4]。天正18年(1590年)の徳川氏の関東移封から後の動向は不明で、慶長期にはすでに死去している[4]

工藤一族

系譜

奥州工藤氏

詳細は奥州工藤氏を参照。

脚注

  1. ^ 大永6年「井伊保八幡宮鐘銘写」[2]に「大檀那藤原朝臣直隆」とあり、 直隆は井伊氏と比定されている[要出典]
  1. ^ a b c d 太田 1934, p. 2084.
  2. ^ 静岡県 1994, p. 942.
  3. ^ 柴辻 et al. 2015, pp. 284–285.
  4. ^ a b c d e f g 柴辻 et al. 2015, p. 284.
  5. ^ a b 柴辻 et al. 2015, p. 529.
  6. ^ 柴辻 et al. 2015, pp. 529–530.

参考文献

関連項目

外部リンク


工藤

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 15:18 UTC 版)

プレイボール (漫画)」の記事における「工藤」の解説

秋季大会先発した倉橋の評では「(球は)速いにゃ速い専修館のエース百瀬)ほどじゃない」と攻略容易い判断されその通り墨谷に先制され、初回佐野マウンドを譲る。

※この「工藤」の解説は、「プレイボール (漫画)」の解説の一部です。
「工藤」を含む「プレイボール (漫画)」の記事については、「プレイボール (漫画)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「工 藤」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「工藤」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「工 藤」の関連用語

工 藤のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



工 藤のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの工藤氏 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのプレイボール (漫画) (改訂履歴)、恋の都 (改訂履歴)、モダンタイムス (小説) (改訂履歴)、木根さんの1人でキネマ (改訂履歴)、ゴクウ (改訂履歴)、ジェネラル・ルージュの凱旋 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS