川和線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 07:19 UTC 版)
「東急バス青葉台営業所」の記事における「川和線」の解説
市03:市が尾駅 - 川和町 - 貝の坂 - 梅田橋 - 小机駅 - 新横浜駅 市03:市が尾駅 - 川和町 - 貝の坂(出入庫系統) 市03:新横浜駅 - 小机駅 - 川向町 - 水神前 - 貝の坂(出入庫系統) 沿革 1929年(昭和4年):東京横浜電鉄が神奈川自動車より東神奈川 - 川和町間を買収。戦後、横浜駅西口へ乗り入れ開始。 1962年(昭和38年)4月1日:日吉営業所が開設、川崎営業所から川和線を移管される。 1966年(昭和41年)4月1日:田園都市線開通により、市が尾駅 - 横浜駅西口間の路線となる。 4月18日:新羽営業所が開設、日吉営業所から川和線を移管される。 1993年(平成5年)10月29日:市が尾駅 - 新横浜駅系統を新設、市営3系統と共に横浜駅発着便が大幅減便となる。 2002年(平成14年)12月1日:新横浜発着の出入庫便が北新横浜駅に停車するようになる。 2006年(平成18年)11月16日:横浜市営バス3系統の路線移譲に向けてダイヤ改正。東急便の市が尾駅 - 横浜駅西口を11月15日をもって廃止。東急バスの横浜駅乗り入れ路線が消滅。 横浜駅西口 - 小机駅間の区間便を11月15日をもって廃止。 東急便は始終発時間帯に、市が尾駅 - 梅田橋の区間便を運行開始。 2007年(平成19年)3月15日:沿線にららぽーと横浜がオープン(当路線の最寄り停留所は「薮根」)。 3月16日:横浜市交通局が3系統を東急バスへ移譲。横浜市営の便を東急が運行する。横浜市営バス3系統(市が尾駅 - 横浜駅西口、市が尾駅 - 東神奈川駅西口、市が尾駅 - 川和町)を3月15日をもって廃止。 東急便は始終発時間帯に、新横浜駅 - 水神前の区間便を運行開始。 2010年(平成22年)7月1日:新羽営業所から移管。それに伴い、市が尾駅 - 梅田橋、新横浜駅 - 水神前の区間便を、それぞれ貝の坂発着に改める。 市が尾駅から新横浜駅までを横浜上麻生道路経由で結ぶ路線で、青葉台営業所管内では最長路線である。日中は毎時3本で、市が尾駅 - 貝の坂で市43系統と並走しているが、運行間隔が20分以上開く時間帯がある。 戦前から存在した非常に古い歴史を持つ路線である。戦後に横浜駅西口へ乗り入れ開始し、東急田園都市線の開業に伴い市が尾駅まで延伸された。 「東急バス#東横・目蒲のバス事業」も参照 以来、市が尾駅 - 横浜駅西口間を横浜市営バス3系統(浅間町営業所→西営業所→緑営業所→港北ニュータウン営業所)と長らく共同運行していた。 2007年の横浜市営バス再編に伴い市営3系統は段階的に廃止、新横浜駅まで短縮の上で東急バスによる単独運行となった。この際に短縮された又口橋 - 横浜駅西口間の輸送は横浜市営バス39系統が担うことになった。 「横浜市営バス港北ニュータウン営業所#3系統」、「横浜市営バス#路線再編成」、および「東急バス#公営各局のリストラとともに」も参照 横浜駅乗り入れからの撤退後、2010年に新羽営業所から青葉台営業所へ移管された。 「東急バス新羽営業所#川和線」も参照 車両は、新羽営業所時代は長尺ワンステップ車のほか、短尺ワンステップ車やノンステップ車が運用に入ることが多かったが、青葉台営業所への移管以降は主に短尺車により運行される。近年ではワンロマ車も後述のミッドナイト・アローの間合い運用で朝や日中を中心に当路線で運行されることが増えている。
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